▼ 神様のマリオネット
玄関を抜けたところでちょうど出くわした職員に事情を説明すると、すぐに理事長室に案内された。
一応偉い人の部類に入る人だからと、僕はちょっと緊張していた。けど、案内された部屋に足を踏み入れた途端僕の緊張なんてどこかに吹っ飛んでいった。
「えっと……」
ちら、と隣に立つ職員の顔色を窺うと彼は慣れた様子で“理事長”に挨拶して、あっさり立ち去っていく。僕に一言も無しにだ。固まる僕を簡単に見捨てるなんて、薄情だとか可哀相だとかは思わないのだろうか。
僕がぼうっと突っ立ったままでいると、偉い人はどっしり座っていた椅子から軽やかに立ち上がった。
「はじめまして、井端くん。私は雷門夏未、理事長代理よ」
「は、はじめまして」
にこりと綺麗に笑った彼女はそれはそれは美しいのだけど、どこからどう見ても中学生にしか見えない。極めつけに制服を着ている。
いったい授業はどうしたのだろうか。
いや、それより理事長代理って?
はてなマークで頭をいっぱいにしながらとりあえず頭を下げると、彼女は満足そうに頷く。
「そんなところでいつまでも立ってないで、こちらへ来なさい。お茶を用意しているから、飲みながらでも説明するわ」
「ありがとうございます……」
手招きされた通り、ふかふかそうで見るからに高級なソファに腰掛けた。
……なんとなく、落ち着かない。
そわそわしている僕を置いて、彼女はいくつかの書類を取り出す。そしてその文面をかみ砕いた説明を淡々と始めたのであった。
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「これで説明は終わりよ。ほかになにか質問はあるかしら?」
知りたかったことも必要なことも全て聞く前に雷門さんが説明してくれた。
だから、特にありませんと答えようとしたのに、咄嗟に口をついて出たのは違う言葉だった。
「ここってサッカー部あるんですか?」
「サッカー部?」
僕はなにを聞いているんだ。
慌てて取り消そうとしたのに、それを遮るように雷門さんは丁寧に答えてくれる。
「あるにはあるけど……。最近では活動もしていないらしいし、名ばかりの部活よ」
どうして? と少し不快そうに眉を寄せながら首を傾げる雷門さんに、今度こそ僕はまともな答えを返せた。
「いえ、少し興味があっただけです」
本当でもないけど、あながち嘘でもない。
この学校にサッカー部があったら関わらないようにしようと思っていただけに、存在の確認が出来たことは結果的には良かったことなのかもしれない。
けれどこれ以上は、なにかぼろが出そうで怖かった。
事務的な話も終わったし、そろそろ失礼しようかなと腰をあげかけたところで、雷門さんはまた口を開いた。
「そういえばあなた、うちの前には帝国学園にいたのよね。そこでサッカーはしていなかったの?」
雷門さんにとっては、きっと世間話の一貫だったのだろう。
けれどもそれは、僕の思考を止めるのに十分な威力を持っていた。
……どういうことだ。
どうして僕に、前の学校の記録がある?
僕は雷門さんにうんともすんとも反応を返せなかったが、その沈黙をどう捉えたのか雷門さんはまた口を開いた。
「帝国学園のサッカー部と言えば、色々と噂は聞くけど四十年間FF大会を優勝し続ける強豪校。全く無名の我が校のサッカー部に興味を示したのは、あなたがサッカーをやっていたからじゃ、……井端くん? 顔色が悪いけど……大丈夫?」
雷門さんの戸惑ったような声に、僕はようやく思考の渦から抜け出せた。
そして慌てて言い募る。
「いえなんでもないです。すみません、今日はこれから用があるのでもう失礼しても大丈夫ですか」
少し強引だったかもしれないけど、一刻も早くここから出て行きたかった。頭が混乱して、整理することができない。
僕の気迫が伝わったのか、雷門さんも戸惑ったように頷く。
「え、ええ。説明はこれで終わりだから……。明日からは遅刻しないようにね」
「はい。それでは」
それでも最後にはキリッとした表情に戻っていたので、さすが中学生で理事長代理を任されるだけはあると思う。
少し申し訳なさを抱えながら、紙袋に入った制服と生徒手帳を受け取ると僕は理事長室をそそくさと出て行った。
その間中ずっと、僕の頭の中には帝国学園、FF大会、四十年間優勝、そんなキーワードがぐるぐると回っていた。