黒髪の合間から覗くうなじのしろさが眩しかった。
獣の前に無防備に、差し出すようにさらされた柔肌へ遠慮もなく牙を突きたてる。
途端に獲物が四肢をばたつかせたが抑えこむのは容易かった。うすい滑らかな肌は簡単に破かれて赤い血がぷくりと滲む。それを見て、何故だか強烈な渇きを覚えた。故郷のような強い日照りにあてられているわけでもないのに視界が眩む。思わず目をほそめると、ツンと赤い誘惑が香りたった。抗いがたい。あっさりと白旗を挙げると、うなじからこぼれ落ちそうな滴へと吸いつく。
「ひぁっ?!」
間抜けな悲鳴につい笑ってしまった。ぐるる、と機嫌良く鳴った俺の喉をどう取ったのか腕のなかの獲物がビキリと固まる。
大人しくなったのはいいことだ。ふ、と笑いを吐息に乗せてまた舐める。べろりと舌を這わせると血に混じってしょっぱさと甘いなにかを感じた。しょっぱいのはきっと汗だろうが、この甘さはどういうことだ。
想像もしていなかった味わいに頭のどこかがしびれる。これがもっと、もっと欲しい。湧き上がる欲に身を任せて赤が滲むうなじに何度も唇を寄せた。血が薄まるたびに歯を立てるとしろい肌がまだらに赤く染まっていく。
その光景になんとなく既視感を覚えた。何に似ているのだろうか、そう考える前に記憶の蓋が勝手に開いて古ぼけた思い出が再生される。
……ああそうか、これは。
幼い頃、故郷の草原に珍しく降り積もったまっさらな雪。その上を一番に駆けてぐちゃぐちゃに汚してやったあの日の景色と似ていたのだ。吐いた息は寒気にしろく濁っていたのに、ドキドキとうるさいほどの鼓動のせいで頬がやけに熱かった。
どうやら俺は、まだ目も開いてないようなガキの頃からまっさらなものを汚すことが好きだったらしい。とんでもなく悪趣味なガキだ。そう思うくせに、歯型だらけのうなじに舌舐めずりするほどの快楽を覚えているのだからどうしようもない。
抑えていた四肢はなにかを察したのか、怯えたようにかぼそく震えている。
「レオナ、さ、」
振り返った黒瞳は痛みのせいかうるんでいた。それでも、気丈なことに怯えを奥に隠して俺を睨んでいる。
はあ、と息が漏れた。首筋にぬるい息が当たったのか、ぶるりと震える動きが俺にも伝わる。けれど相手の動揺など今はもう些末なことだった。
乾いた唇をペロリと舐める。甘い血の味に喉の渇きが酷くなって、クゥと情けなく腹が鳴った。
「お腹空いてるんですか……? あの、それなら私いまお菓子たくさん持ってるんです!」
「へぇ、確かに俺は腹を空かしているが。それで?」
「やっぱりそうですよね! チョコレートもクッキーもプチケーキもありますし、それレオナさんに全部あげます。だから、その、」
俺を窺う女の笑みはいつもよりぎこちない。逃げ出したい、と正直に顔に貼り付けて俺を窺ってくる哀れな草食動物は慈悲を求める相手を間違えている。くく、と喉奥から漏れた笑いに安堵したように緩む黒瞳を覗きこんだ。
「甘いのはここにあるから要らねェなあ。大人しく俺に食われてろ」