▼ 眩む、
たまたま通りがかった部屋の中から聞き覚えのある名前が聞こえて、シ=オンは足を止めた。そっと辺りを窺って、だれもいないことを確認すると声の聞こえた部屋の扉を少しだけ開いて覗き見る。年若いリアンが二人、お茶を飲みながら噂話に興じているようだった。
「モ=ミジ、また寝込んでしまったようね……」
一人のリアンが心配そうにそう言った。そのたった一言だけで、シ=オンの中で様々な疑問が湧く。例えば、「モ=ミジ」という名前の呼び方であったり、「寝込む」という単語であったり。
そもそもモミジの名前を聞くことすら久しぶりのことだった。あの雨の日から既に一週間近く経っていたが、シ=オンの足が彼女の個室に向かうことはただの一度もなかったのだ。シ=オンが会いに行かない限り、彼女と会うことは無いに等しい。シ=オンはそのことをよく理解していた。
「そうね……。でも仕方ないわよ、彼女はいろんな意味で特殊な子供でしょう」
「これもサージャリムの意思なのかしら。だとしたら私、わからないわ。あんなに身体の弱い子供に、キチェスのような、それも制御の効かない力をお与えになるなんて……」
ひどく同情したような声に、シ=オンは眉をひそめた。その言い草はまるでサージャリムを非難しているようだった。しかしそんなことより、シ=オンは「キチェスと同じような力」という部分に興味を抱いた。
いったい、モミジはどんな力を持っているというのだ? シ=オンはモミジに自分がサーチェスパワーを持っていると言ったことはなかった。しかしもしもモミジが自分と同じようにその力を持っているのだとしたら……。一瞬想像しかけて、すぐに止めた。
リアンたちの話は続く。
「まあ、私たちリアンがサージャリムをそんな風に言うものじゃありませんわ」
「でも、あなただってそうはお思いにならないの? 私、モ=ミジがあんまり可哀相で……。だってあんなに可愛らしくて、いい子で、優しい子なのに。元からあまり丈夫でない身体をしているのに、勝手に未来を予知して、それのせいでますます自分の命を縮めてしまうんですわよ! 今回の先詠みの影響だってあまりにひどくて、このままでは二十歳まで生きられるかわからないなんて……!」
「……制御ピアスはおろか、他の道具も全くあの子の救いにはならなかったものね。でも、だからこそあの子の望みは出来る限り叶えてあげなければ。サージャリムの意思を汲み取って、あの子の言葉に耳を傾ける。きっとそれがリアンとしての役目なのよ」
わあっと泣きだす声と、それを宥める声が遠くで聞こえた。しばらくシ=オンはそのままリアンたちの話を盗み聞いていたが、新しい情報がないことを悟るとサーチェスの力を使ってどこかへ姿を眩ませてしまった。