例えるなら白い徒花(使用不可) | ナノ


▼ ほら、目を閉じて

モミジは確かにシ=オンと同じ孤児院の子供だった。けれど生まれつき身体が弱く、ウィルスへの免疫力も低いので他の子供たちとは別に個室を与えられていた。個室といっても、小さなベッドと古ぼけたリードオルガンがあるだけの、喧騒から隔離された静かで狭い部屋だ。

そして元々外出を制限されているらしく、この部屋から出ることも珍しいらしい。だからリアン以外に接触する人間も極端に限られるらしく、他の子供たちがモミジの存在を知らないのは当然のことと言えた。


「モミジ、こんなとこにいたんだな」


ベッドのふちに並んで腰かけながら、シ=オンは電気のおかげで明るい部屋をぐるりと見渡す。興味津々、といった様子を見せるシ=オンにモミジはこくりと頷いた。


「ずっとここに籠ってるんだろ? いくら探しても見つからないはずだよな」
「シオンが探してくれて、わたしうれしい。ありがとう」
「……一応言っておくけど、聞きたいことがあっただけだからなっ」
「うん」


モミジがうれしそうに笑う顔を見て、シ=オンは意味もなく叫び出したくなった。なにか、負けている気がする。思う存分悪態をつきたくなったがどうにかその衝動を抑えこんで、それよりも、とシ=オンはリードオルガンを指さした。


「あれ、あんたの?」
「うん。古くてもう使わないものだからって、リアンがくれたの」


本当にうれしそうに唇を綻ばせたモミジの横顔にシ=オンは腹の底がもぞりと動くのを感じた。「へぇ」と相槌を打ちながら、ひん曲がる唇を隠す為に膝に肘をつけて頬杖をつく。なにかが面白くなかった。


「ねえ、じゃあなにか弾いてよ」
「いま?」


気持ちを紛らわそうとリクエストしてみると、モミジが困ったように眉を寄せた。その顔がまたシ=オンの腹をもぞもぞと動かして、居心地がわるい、と感じさせる。


「べつに。いまじゃなくていいよ」
「うん。ありがとう、シオン」
「なんだよ、それ。その代わりこんどは聞かせろよ。うまくないと笑うからな」


「うん」と、子供ながらにうつくしく整った面立ちをやわらかく緩ませて笑うモミジを直視することは、いまのシ=オンにとってかなり難しいことになっていた。

油断するとにやつく唇をシ=オンが無理矢理黙らせると、ふつりと会話が途切れる。よく考えると、モミジと話すのはこれでたったの二度目だというのに、流れる沈黙に苦痛を感じることはない。

そっとモミジを窺うと、ちょうどこちらを見ていた彼女と目が合ってやんわりと微笑まれた。シ=オンは無言で目を逸らす。すると、くいっと服の裾を引っ張られた。無視をする。引っ張られる。無視をする。引っ張られる。それを幾度か繰り返したあとで、あまい声が「しおん」と呼んだ。

流石に観念して、そろそろとシ=オンが視線を戻すと赤い頬を隠すように俯きがちのモミジがいた。


「な、なんだよ」
「しおん、ねむい」
「……だったら、寝ればいいだろ。オレもう戻るから」


だからこの手を離せよ、と言おうとして、モミジのあまい笑みに言葉を奪われた。


「だめ。しおんも、いっしょにねよう」


は、と呆けている間に、いかにも眠たげな様子だったモミジがさっさと部屋の灯りを消してしまう。一気に暗くなってしまった部屋にシ=オンが戸惑っていると、モミジの小さな手でベッドの中へ引っ張りこまれた。「うわ、」抗議の声をあげようとして、シ=オンは思わず黙り込んだ。

突然の闇に慣れきれていないシ=オンの視界でも、目の前のしろくうつくしい顔は何故かはっきりと視認できた。長い睫毛がねむたげに伏せられて、頬がほんのりと染まっているのがなんだか艶っぽい。ほけ、とシ=オンが見惚れていると、モミジの睫毛が震えて濡れたように光る黒い瞳が顔を出した。シ=オンは初めて視線のかち合う音を聞いた気がした。


「は、放せ、モミジ!」


シ=オンがようやく叫ぶと、モミジはきゅっと眉を寄せる。傷ついたような怒ったような、どちらにも見えてただ笑いを堪えているような、計り知れない微笑みだった。


「しおん」


シ=オンはぎくりとして身を固くした。この女がシ=オンを呼ぶ声にはどこか不思議な魅力がある。


「な、なんだよ」


感情を込めそこねてへたくそな声が出た。シ=オンがかっと頬を赤らめると、モミジが優しげに笑う。嘲りも侮蔑も呆れも含まない、白くかがやく微笑みだった。モミジはシ=オンの服の裾を捕まえていた手を放すと、シ=オンの手をそっと握った。突然の接触にシ=オンの身体がぴくりと跳ねると、宥めるように唇を寄せる。あたたかな紅唇が、シ=オンのまなじりを慰めた。


「もみじ……?」


シ=オンはふいに泣き出したくなった。理由もなく暴れる感情が胸を塞いで、モミジを呼ぶ声をか細くさせる。


「大丈夫だよ、やくそくをしたから。だから泣かないで、あんしんしてお眠り、シオン」


「おやすみなさい」囁くようにそう言って、モミジはシ=オンの手を捕まえたまま夢の世界へと入り込んでいく。シ=オンはモミジの勝手な物言いにしばらく唖然としたあと、苦笑するように笑った。


「おまえってほんと、わけわかんない奴だよなあ……」


ぼやくような呟きはシ=オンの意図とは反対に、やさしい温もりを帯びて夜闇に響いた。



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