例えるなら白い徒花(使用不可) | ナノ


▼ 例えるなら白い徒花

「シオン」


おかしな発音だったが、たしかに自分を呼ぶ声を聞いてザイ=テス=シ=オンは背後を振り返った。階と階の間、ちょうど見上げる位置にある踊り場で少女がひとり立っている。シ=オンと違って、なにもかも薄い色をした、どこか儚げな雰囲気の少女だった。


「……だれ、あんた」


見覚えのない彼女に素気なく聞き返すと、少女は困ったように笑う。シ=オンと同じ、孤児院の子供である証の白い服を着ていた。幾ばくかの沈黙のあと、少女はぽつりと答える。


「……モミジ」
「モミジ?」


「変な名前」と、思った通りの感想を隠しもせずにシ=オンが吐きだすと少女はさらに困ったように笑った。一段一段、彼女は距離を埋めるようにゆっくりと階段を下りてくる。けれどモミジと名乗った少女のどこにもル=メニタたちのような馬鹿にされたことへの怒りの感情はなかった。

それが面白く感じられて、シ=オンはモミジが同じ目線にまで下りてくるのを待つと(実際は彼女の方が少しだけ背が低かった)、モミジを連れて中庭のベンチまで歩いた。

回廊を抜けて中庭のベンチに座ると、モミジは眩しそうに瞳を細めて空を見あげる。縛られていない髪が肩を撫でて背に落ち、風に遊ばれていた。シ=オンはそれを不思議な心地で見ていた。このモミジという名の少女は、薄暗い踊り場よりも陽の下に出た今の方がよりその危うげな白さが際立つ。


「それで、オレになんか用?」


問いかけを投げつけると、横顔ばかりを見せていたモミジがようやくシ=オンに振り向いた。その顔を間近に見て、シ=オンはモミジの顔が孤児院にいる誰より整っていること、長い睫毛さえ陽に透ける中でその奥の瞳だけはシ=オンと同じ色をしていることを知った。


「よう?」


黒目が不思議そうに瞬く。何故そんなことを言われているのかわからない、とでも言うかのような顔をするので、シ=オンは「はあ?」と眉をしかめた。


「だってあんた、さっきオレの名前を呼んだだろ」
「シオン?」
「うん。っていうか、なんでそんな風に呼ぶんだよ。オレはシ=オンだって」
「シオン」
「だから、シ=オン!」


地面に届かない足を苛立たしげに揺らしてシ=オンはモミジを睨んだが、彼女は全く気にした素振りを見せなかった。シ=オンと同じく、宙に浮いた白く細い足をぷらりと揺らして微かに笑う。


「しおん」

「……もう、いい」


これみよがしに溜息を吐くと、モミジはくすくすとなにがおかしいのか笑いだす。陽の光など知らなそうな程白い頬にわずかに朱色が挿すぐらい笑うモミジに、シ=オンは毒気を抜かれてまた溜息を吐いた。



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