私はいつもと同じように自分の部屋にいた。
面倒な宿題があって、今日はアイチと一緒にカードキャピタルに行けなかったのがなんだか心残りだ。
私はそんな心残りから溢れ出るイラつきを押し付けるように、宿題に勤しんでいた。
そうしたら、お母さんの喜ぶ声が玄関の方から聞こえてきた。
どうしたのだろう。お母さんはとても嬉しそうで、なんだか誕生日でも祝ってもらったときのような声だった。
途中で怒ったような声が聞こえてきたり、それでも楽しそうに笑っていたり、なんだかよく分からないが楽しそうな感じだ。
私はその時部屋で宿題をしていたけれど丁度区切りが良かったから、リビングへと向かってみることにした。
リビングに行くために階段を下りていると、リビングのドアが少し開いていたのに気づいた。そこから見える、青い髪。顔は見えないけれど、その青はお母さんの青とは似て非なるもので、敢えて文字表現をするのであれば『蒼』と言えばいいのだろうか。アイチとおんなじ色だ、そう思った。
なんだか急に恥ずかしくなって、私はおずおずと階段を下りていく。
そんなに階段が古いわけでもないのに、僅かにぎぃぎぃ音を鳴らす階段がなぜかわからないが恨めしくなった。いつもはこんな微かな音は全然気にならなかったのに、今はとても気になって、「鳴らないでよ!」と物相手に言いたくなった。
だけど、お母さんがいち早く私の存在に気づいたのか(私は階段の音に集中していたのでよく分からないが)、「エミー」と私を呼んだ。
私は思わずびくりとして、階段を駆け下りてリビングへと弾かれたように小走りした。
少し開いたそのドアをそっと押せば、青い髪の持ち主の柔らかな表情が私を迎えた。

「エミは初めてだったわね、この人と会うのは」

いつもの優しい笑顔で、お母さんは言った。
私は「うん」とお母さんに返事をして、その蒼い髪の人に向き直る。
するとその人は、優しく微笑んで言った。

「僕の名前は先導アスナ。ここにいるシズカ…お母さんの姉だから、エミちゃんやアイチにとっては叔母さんってことになるのかな」
「アスナ叔母さんはね、アイチが小さい時よく面倒を見てもらっていたの」

そうなんだ。だからアイチのこと、呼び捨てなんだ…。そんなことを思いながら、私はアスナさんを見る。
アスナさんはとても綺麗だった。お母さんとはちょっと違う、なんだか見ているだけで温かな気持ちになれるような、そんな微笑みを私に向けている。顔立ちはよくアイチに似ていて、アイチがもしもお姉ちゃんだったら、こんな感じだったかもしれないって思うほど、そっくりだった。
私はなんだか緊張しながら、ぎこちなく頭を下げた。

「こ、こんにちは。よろしくお願いします…」

声が若干震えてしまって、私は顔が熱くなるのを感じた。今、下を向いているのが幸いだ。
ぽん、と。唐突に、私の頭に何かが乗せられた。優しく撫でてくれることから、それがアスナさんの手であるのが分かる。ゆっくりと顔を上げてみると、アスナさんはその温かな微笑を向けながら言った。

「うん、よろしくね。エミちゃん」

思わず頬がもっと赤く染まるほどに綺麗で、私はまた俯いてしまった。それを見たのか、お母さんが「あらあら」と言った苦笑したような声が聞こえた。
私は顔をあげる。そして、アスナさんにつられて思わず笑った。

「はい!宜しくお願いします、アスナさん!」

なんだか他人行儀になってしまったが、なんだかこの対応が一番正しいように思えた。理由はわからないけれど、アスナさんは私とアイチの『叔母さん』という立ち位置なのだから、このくらいの距離が丁度いいのかもしれない。
それから、私は色んな話をした。学校のこと、アイチのこと。アスナさんは飽きずによく聞いてくれて、嬉しかった。
アイチの話になってから、アスナさんは「へぇ」と言葉をもらす。

「ヴァンガードで、アイチ変わったんだね」
「そうなんです。アイチね、それでアジアチャンピョンにもなったんですよ!」
「あ、それ知ってる。旅の途中で聞いたよ。アイチ、凄いね。今日会ったとき、とても成長してたし…」
「アスナさん、今日アイチに会ったんですか?」
「うん、会ったよ。あぁ、そうだそうだ」

アスナさんは隣りに置いてあった袋を掴む。見てみれば、それはカードキャピタルの袋なのが分かる。

「シズカ、これ、アイチに渡してくれる?ゴーパラのカードが入ってるやつだから、喜ぶと思うよ」
「えぇ。分かったわ」

お母さんがその袋を自分の膝におく。
それを見た後、アスナさんはしゅんと眉を八の字に曲げた。そこのところもアイチにそっくりだ。

「ごめんね、エミちゃん。エミちゃんのデッキも分かってれば、買って来れたんだけど…」
「あ、いいんです!気にしないでください。…アスナさんもヴァンガードするんですか?」

ふと訊ねてみれば、アスナさんは「うん」と笑った。

「なんのデッキなんですか?」

そう私が言うと、アスナさんは懐からデッキケースを取り出して私に渡してくれた。
私はアスナさんに許可を得て、そのデッキを見てみる。
可愛いのかと期待したが、そのデッキは『ダークイレギュラーズ』というクランで構成されていたものだった。
私の表情に不満だったのが出ていたのか、アスナさんは苦笑いした。

「僕のはあんまり可愛らしくはないね。エミちゃんは、可愛いデッキが好きなの?」
「あ、はい!私、可愛いの好きだからバミューダ△を使うんです」
「そうなんだぁ。バミューダ、可愛いよね」
「うん!」

共感してくれて嬉しくなった。心がぽかぽかする。
私はアスナさんにデッキを返して、また色んな話に戻る。私はそのとき、なんとなく気になることがあって、聞いてみることにした。

「アスナさんは、ずっと旅をしていたんですか?」
「え?うん、そうだよ」
「どこに行っていたの?」
「色んなところ…かな。世界巡りしていたよ」

そう言うと、アスナさんはスッと目を細めた。その視線はどこか遠く、だが鋭さを孕んでいるような気がした。その瞳を見て、全国大会の時のあのアイチを思い出す。なんだかいつものアイチじゃないみたいで、とても怖かったのを覚えていた。それほどまで怖いわけじゃないが、ずっとその瞳を見ているとなんだか背筋が凍りそうになった。
旅の途中で、何か嫌なことでもあったんだろうか。

「世界巡りって、凄いですね!」

『世界巡り』と聞いた時の率直な感想を述べれば、アスナさんのその瞳はすぐに優しいものへと変わり、にこりとどこか幼げに笑った。

「そうかな…。エミちゃんも大きくなったら、どこかへ行ってみたら?楽しいよ、色んなモノが見えて」
「色んなモノ…ですか?」

思わず聞き返してみると、アスナさんは「そう」と頷いたっきり、それ以上そのことについては何も教えてくれなかった。
それからお母さんも交えて他愛もない話をしてふと窓を見てみれば、空が夕暮れに染まろうとしていた。
アスナさんもそれを見たのだろう。アスナさんは「そろそろお暇するね」と立ち上がった。

「え?アスナさん、家(うち)に止まるんじゃないの?」

正直、ここに泊まっていくものだとばかり思ったのだが、どうやら思い違いだったらしい。
私は少し落胆した。このあとアイチも交えて話したかったのになぁ。
そんな私を見て、アスナさんは「ごめんね」と軽く謝った。

「アスナさんは、どこに泊まるの?」
「そうだなぁ…。ここから近いし、今度案内してあげるね。…もしかしたら、アイチが知っているかも」
「アイチが?」

私は聞き返す。アイチが知っているだなんて、どういうことなのだろうか。

「あ、アイチは小さいときに僕の家に歩いてきていたから。一緒に歩いて来ていたけれど、時々一人でも来ていたこともあったんだ。だから、覚えているかもなって…。でも、もう9年も経っているから、もしかしたら覚えていないかもね」

そう悩むように言うアスナさんに、お母さんは笑った。

「大丈夫よ、きっと。アイチは記憶力いいから。それに、貴女によく懐いていたから、忘れていたとしても自然に思い出すんじゃないかしら」
「だったら嬉しいなぁ…」

そう笑いながら、アスナさんは玄関の方へと向かっていく。
私とお母さんがついて行くと、アスナさんは玄関の傘立てから一本の黒い傘を取っていた。よく見ると、黒いレースが縁取りされていて可愛らしくとも大人らしいデザインだった。日傘だろうか。
アスナさんは玄関を開けて、日傘を広げる。今は夕暮れだから、そんなに日差しが強いわけじゃないと思うんだけれど…。まぁそこまで気になることでもないだろう。
私はアスナさんに手を振る。

「じゃあまた来てくださいね!アスナさん」
「うん、それじゃあ。シズカ、アイチに宜しく。エミちゃんも、また今度ね」

そう言って、アスナさんは玄関の戸を閉める。
そのときのアスナさんは、丁度夕日に照らされていて凄く綺麗だった。
私も、あんな風な大人というか、優しい人になれたらいいなぁ。そんなことを思いながら、私はリビングでアイチを待つことにするのだった。











__これはアイチが帰る前の、ほんの少しの小話。








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