アイチはそのまま立ち去ろうと櫂の横をすり抜けた。
アイチが行ってしまうと、櫂がアイチの腕を掴もうと手を伸ばす。
掴まれてもいい、そう思った。そしてそのまま殴ってくれれば、最低なアイドルだ、ファンの気持ちを踏みにじったりするなんて、このことをマスコミに話してやる、などと話してくれればどれだけ楽だろうか。そうしたら、一瞬だけ傷つくだろうが、これは自業自得だと納得できるというのに。
だが、櫂は掴もうとしただけで、掴むことはしなかった。ただ、自然の世界へと捕らわれていた蝶を放すような、親鳥が成長して巣立ちする雛鳥を見守るかのような、そんな温かで悲しげな視線を、今の櫂はアイチに送っていた。
思わずアイチは、立ち止まる。そこでそのまま行ってしまえれば、どんなに良かっただろう。しかし、アイチは行ってしまうことなどできなかった。できるはずもなかった。
櫂は今まで黙っていた分、そっと口を開いた。

「いつか、こんな日が来ると思っていた」

思うどころか、きっと確信していたのだろう。今の状況を。
だからこそだろうか。櫂は戸惑っていなく、ただ今の状況に悲しんでいるように思えた。

「お前をそこまで悲しませていたとなれば。…ファンとして失格だな」

そう自嘲するように櫂は笑う。
それを言うなら、アイチもアイドル失格だろう。こんな大事なファンを、自分の一言一言がどれだけの影響力を与えるかを自覚しているくせして、こうやって傷つけて、悲しませているのだから。
櫂は優しい。櫂はいつだって、身を弁えている。そのことを知り得ているアイチとしては、今の彼の優しさは逆に酷く残酷に思えて仕方なかった。

「それは、僕もおんなじことだよ。…櫂くんは、本当に優しいね」

今も、昔も。
そうアイチは悲しそうに微笑み、今度こそ立ち去っていく。最後の言葉は、心の中で呑み込んで。
たった一人、暗い山道を歩く。
ごめんなさい。ごめんなさい。そう、何度も何度も、謝りながら。
アイチは、櫂に迷惑を掛けたくなかった。アイチは櫂が好きだった。これ以上一緒にいてしまえば、きっと我慢できなくなってしまうのは確実だから。そんなことになれば、仕事にも影響するし、彼に会いたいという気持ちのせいで、仕事への集中を削がれてしまうだろう。
いや。こんなのは全部言い訳だ。結局は、アイチはアイチ自身に眠る櫂への大きすぎた想いに、恐怖した。その気持ちを受け入れるというその行為が、アイチにはできなかった。
これ以上大きくなってしまったら、一体どうなってしまうのだろう。もしかしたら、どこかで見たドラマの中の少女のように、愛に狂ってしまうのではないか。口が滑って、櫂に影響が出てしまったりしたら。それはあまりに不安で、怖かった。
仕事は建前。あとはみんな、櫂と自分の心の心配ばかりが心の中でゆっくりと、けれど確実に募ってきていた。
だから自分からこの関係を壊した。ぶち壊した。この不安から、逃げ出すために。
結局、自分はずるいのだ。
櫂のファンとしての気持ちと、昔ながらの優しさを利用して、少しでも心の負担を軽くしようと躍起になって。たったそれだけの行動で、櫂がどれだけ重いモノを背負わせるかを知り得ていながら。
それはもしかしたら、罪とでも呼べるのかもしれない。
赦してなんて、言わないから。
けれど、これだけは。

「傷つけて、ごめんなさい」

__櫂くん。大好きでした。昔も今も。

たった一言。櫂への謝罪の言葉を、アイチは小さく口にした。
昔のことなんて、きっと櫂は忘れてしまっているだろう。けれど、アイチはずっと、覚えていた。どんなものよりも大切な、アイチの宝物《キオク》。
再会したとき、いやそれ以前にライブでもいろんなところで来てくれていたのが、嬉しかった。本当に、嬉しかった。だけど、この距離はもう、埋まらない。
アイチの流した涙一雫。その雫はいっそ残酷なまでにきらきらと、星明りに照らされて、輝く。
アイチの耳元で、もう遠くて聞こえなくなったはずの漣の音が、微かに聞こえたような気がした。







**







覚悟していた日が今日だったのか、と。残された櫂は思う。
しかし、櫂としてはもしかしたらもう潮時だったのではないかと、そう思っていた。アイチはあまり、夜を好まない。星を見るときも、ほとんどが仕事を早く切り上げた、大体夕暮れぐらいの頃だった。だからこんな時間に呼び出すなんて、おかしいとは思っていた。だから、こんな事態を想定して、あらかじめ用意しておいたセリフを、櫂は言ったのだ。覚悟はしていた。こうなるだろうと予感していた。けれど、これほどまでにそんな予感が外れて欲しいと願ったのは、これが初めてかもしれなかった。
櫂は、アイチがいつも楽しそうに見つめていたこの風景を見つめる。
アイチがいてこそ輝いて見えたその風景は、どこか寂れ、侘しく見えた。
ここは、秘密の場所だった。櫂がここを見つけたのは、単なる偶然だ。そしてそれをアイチに言い連れ出したら、思いの外喜んでくれた。それが一体、どれだけ櫂を嬉しくさせたものだろう。
もう今の状況は、仕方のないことだった。来てしまった今の時間を巻き戻すことはできない。いっそのこと、アイチの腕を掴んでしまえばよかったのかもしれない。そうしたら、少しは距離が一時的でも縮んだのだろうか。
アイチが櫂と会うことを喜んでいるのと同時に、後悔をしているというのも櫂は知っていた。ファンとアイドル。あまりに差がありすぎて、この関係がマスコミに知られたら大問題になりかねないだろう。それは、櫂の日常生活にもアイチの生活にも、どちらにも悪い意味で影響してくる。だから、早急にその関係から終止符を落とす必要があったのだ。そしてその役をアイチが演じた。ただ、それだけのだったのだ。
アイチの辛そうな微笑みは、もう二度と頭から離れることはないだろう。
もう二度と昔の関係にも、またそれ以上の関係にもなれないのだと、櫂は悟ってきたことを改めて思い知らされ、櫂はふと海を見る。
__これでよかった。アイチは、正しい選択をしたのだ。
もう二度と交差することのないだろう、アイチの道と櫂の道。
それを悔やむように、櫂は忌々しいほどに綺麗な海を見ながら、拳をきつく握り締めた。








(交差したこと事態が、奇跡であったのだと、改めてそう思った)









○あとがき○(両方見終わってからの方がいいと思います)


ごめんなさい、ぐらこ様m(_ _)m
今回、アイドル女体化アイチと櫂というお題だったのですが、あるぇ?アイドルって、なんだっけ??(←)
なんか超展開でしたね。なんか。私でもよくわかりません。
しかし、これ、すごく楽しんで書かせてもらいました!
だってアイチきゅんの子供、ちょっと作ってみたかったから…。
それからこれを書いていたとき、ニコ動で『星空デート』見てました。(察してあげてください←)
私的に、これは一体どちらがハッピーエンドなんだろうなと考えてしまいます。ここでは、『もう櫂と関わることのなくなったが、仕事にも専念したり、または誰かと結ばれることもあるだろう未知の道(←洒落じゃないですよ?)』。別道では『櫂と結ばれる道』
それは結局、人生でどうするかという選択なんですよね。ここの道では、もしかしたらレン様とかと結ばれるかもしれない道でもあるわけですし。
自分でも書いてて、これはバッドとハッピーとして書いているのだろうか、と何度も思ってしまいました(汗)
それから、私はどうにも櫂アイ二人っきりでどこかに失踪させるのが好きなのようです(笑)
無駄にお待たせした挙句に、こんなに駄文と妄想たっぷりになってしまったことお詫びします(´;ω;`)
こんなので満足してしていただけたなら、こちらとしても幸いでございます<(_ _)> 
もう一つの選択肢でも、同じあとがきが書いてあります!
それではリクエスト、誠にありがとうございました!!


ちなみに、アイチ子供の簡素設定です↓

櫂アイノ
アイチと櫂の子供。青い髪に緑の瞳。
トシヤとは双子で、お姉ちゃん。


櫂トシヤ
アイチと櫂の子供。茶髪に青い瞳。
アイノとは双子で、弟。








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