※(ヤンデレ属性)




吉原の遊郭の一画に、蒼玉の髪と瞳を持った遊女
否、花魁がいた。
だがその花魁は侍の間では、『血染め花魁』と謂われている。
何故そう言われているのか。
それは…彼女を手に入れようとした権力者は、すべて死して帰って来るのだ。







――吉原





「あいちー!朝だよ!」
「おはよう、えみ。今日も早起きだね。」
「あいちがお寝坊さんなの!ほら、みさきさん待ってる!」


あいちとはこの吉原の最高の遊女・花魁である。
彼女の禿であり、妹であるえみは彼女の低血圧に悩んでいるが、それでも姉のためにせっせと働いているのである。

「おはよう、あいち。」
「おはようございます、みさきさん。」
「みさきさーん!今日も、お客さん連れてくるんですか?」

みさきとはあいちの番頭新造である。
番頭新造とは、器量の悪い遊女や年季を勤めた遊女が行う、花魁専用の現在で言う芸能人のマネージャーのようなものだ。
彼女の場合、数多くの客をボロボロにしてしまったため、叔父によってあいちの番頭新造に就くこととなった。


「…ねえ、あいつ変わってない?」
「櫂君のこと?」
「そう。あいつ、何か変わったことあった?」

するとあいちは苦笑いし、こう言った。

「そうだなー、僕に対して過保護になっちゃったかな?僕が外に出るのもえみと一緒じゃないとダメって言ってるから。」
「あいつ…バカだろ。」

みさきはハアと大きなため息を吐き、仕事まで時間があるので、遊女達に食べさせる食事の材料でも買い込んでいくかと出かけた。





*****








「これはこれは、蒼藍太夫。禿さんもお揃いで。」
「こんばんはでありんす。」

あいちの花魁としての名は『蒼藍』。
名前の由来は、外国から取り寄せられる宝石「さふぁいあ」のような色の髪と瞳から成っている。

「そろそろ身請けしてもよろしいんじゃないんでしょうか?私の妻になれば、不自由なく暮らせるのですよ?」
「お誘い嬉しいでありんすが、私はここの花魁として、他の遊女達を率いていかなければならないのでありんすから、ここを離れる訳にはいかないんでありんす。」
「そうですか…ではまた機会があれば。」

そう言い、金の亡者が去っていく。
その後ろ姿を見たあいちは…目を伏せた。

「あいち?」
「……そろそろだね、えみ。お客さん来るから、帰ろうか。」
「うん!今日はあさかさん選んでくれるんだって、着物!」







―――丑三つ時





「…………………。」


草木も眠る丑三つ時、あいちはじっと暗闇の中にいる不届き者を見る。
それは先程の金の亡者とその仲間達。
身請けを受け付けないあいちに痺れを切らしたのか、掻っ攫っていくという。
するとあいちはしっかりと静かに言い始める。

「ここから立ち去ってくださいでありんす。でなければ、あなた達が死んでしまうでありんす。」
「何を言っているのです?ここにはあなた以外誰も」
「うわあああああ!!」


金の亡者は驚く。
そこには既に息絶えている仲間がいた。
そして金の亡者は驚き目を見開く。
そこには……



翠玉の双眸が存在した。


「貴様等、何をしている。」
「お、お前は一体!?」

金の亡者は恐怖に駆られ、仲間に彼を斬り殺すように命じる。
だが仲間はすべて彼により無残にも斬り捨てられる。
辺り全てが血の海になっていく。
だがあいちはそれに怯えることも、動揺することもなく佇んでいる。
金の亡者はガタガタを震えが止まらない。
目の前にいるのは、人の皮を被った化け物のような気がしたのだ。


「お、お前は一体何だ!?ただの平民の分際で!」
「…言っておくが、お前に俺は斬れない。」
「う……うわあああああ!!」


金の亡者は無我夢中で彼に斬りかかるが、彼により斬り捨てられる。
彼以外誰も立っている状況ではない。
彼は静かにあいちに近づく。
あいちは彼を見ると、見る見る内に口角を上げ微笑む。


「櫂君……ありがとう。」
「……すまない。また、お前を守るために人を殺めてしまった。」
「……もう慣れたから、ね?」


櫂はそっとあいちを抱きしめる。

彼は櫂流派という、頭首とその妻の死により途絶えてしまった武家の末裔・櫂としきである。

そう。

彼があいちに対し身請けを行い、彼女を手にしようとした権力者を全て斬り殺していたのだ。
そして彼が殺した権力者達は彼の友人達が川に流したり、人気のない山等に捨てている。
そしていつしか、あいちを身請けにしようとした権力者は殺され、死して帰って来るという噂が流れだした。
それでも彼女は彼を拒まなかった。
彼女にとって、彼は自分を救ってくれた『救世主』であり、『運命の人間』なのだから。

「あいち、お前は俺が守る。お前を俺から奪う奴等は、片っ端から殺してやる。お前を奪われるくらいなら……俺は、お前を殺して俺も死ぬ。」
「……櫂君、僕なんてただの花魁。君にはもっとやるべきことがあるんじゃないのかな?」
「……親が死んでから、俺はお前だけが生きる糧だった。それを今更……止めろと言うのか?それが…例えお前の願いであろうと、俺はお前を、守りたいんだ。」
「………そう。なら、僕は櫂君に守られるよ。ずっと。」
「死んでもお前を守ってやる。だから……消えないでくれ。」
「櫂君、大好きだよ。」


そう言いながら、あいちはふと考えた。


いつ彼に……




自分が彼との子供を身籠ったかを伝えようかと。


「……(明日でいいかな。きっと櫂君は僕のそばにいるつもりだから。そう言えば…)」


やけに今日は月が綺麗だとふとあいちは思った。
とても綺麗な満月を見て、まるで……


まるで彼は、自分にのみ従う『鬼』のようだとあいちは思っていた。
それでも……彼を、彼だけを愛すると決めたのだ。
自らも、血に染まってしまおうが関係ない。
彼と一緒ならば、地獄にでも平気のような気がしたのだ。


「……櫂君。大好き。」
「……俺もだ、あいち。」


一層彼女を強く抱き締める櫂。
それにされるがままにされるあいち。


それを知っているのは、月だけであった。



(『ワンダーランド』黒木様より)




戻る