※蝋梅のシックザール
※アスナの独白
※没ネタ有り





風が凪いだ空。月もない、星もない、
僕はその曇天を見上げた。
あのヒトが消えて、早数百年。
数百年なんて、あっという間なだったはずなのに、なぜだが酷く永い時間な気がした。
心の傷は、とうに癒えている。
人間である彼が早く死ぬことは元から知っていたことであったし、覚悟はしていた。見守ると決めたのは、自分なのだから。
それゆえか、そこまで深くはなかった。
あのときだってそうだ。
幼少期に二人の少年少女に助けられたときも。今では顔も覚えていないけれど。助けられる前までの『傷』達はみんな消えた。何故か分からないけれど、その記憶はほとんど覚えていない。だから、癒えたというよりはもしかしたら、塞がれたのかもしれない。
今となっては、そんなことはどうでもいい。
どうしたらいいのかも分からない、謎の焦燥感に駈られる。そもそも焦燥する必要もないだろうに。

「…お兄ちゃん」

もうとっくの昔に自殺した……僕の初恋で、ずっと僕を永い年月の間何があっても愛してくれた、僕のお兄ちゃん。ふと零れた言葉に、僕は記憶から消そうとした兄を思い出す。
トウヤくんを愛してることを、報告したかった。どうしたらデートが上手く行くかとかも、相談したかった。それなのに、もういない。私を置いて、明るい太陽の下で、消えた。大好きで、愛していたのに。
…トウヤくんはこんな我儘な自分を受け入れてくれた。兄を愛したままでも良いって、言ってくれた。あのとき、トウヤくんに兄への気持ちを吐露したとき、抱き締めてくれた。僕の過去を知っても、離れなかった。そばに、いてくれた。

「…トウヤくん、お兄ちゃん」

掠れた自分の声は、あまりに憐れに聞こえた。
瞬きをして辺りを見舞わせば、ただの暗闇が視界に広がる。先程からずっと目の前に広がっていた、深すぎるくらいに深い闇。闇の中で、やけによく映える黄色の花を付けた木が佇んでいる。
…闇を見ていると、塞いだはずの傷口が、また開かれていくような感覚がした。いや、もう開かれている。だって胸がこんなにも痛く、そして、今頬に伝うその温かな液体を、止めることができないのだから。
止めどなく溢れ出るこの雫は、きっと押さえ込んできた感情の成れの果てなのだろう。よく分からなくて、ドロドロとした醜い感情とそれを抑える何かが混ざりあった結果の先に生まれた、感情の成れの果て。混沌とし漠然としているのに、明確な感情。矛盾した感情。
僕の目の前で、蝋梅の花が儚く揺れて見せる。そして、いつの間にか吹いていた微風は、脆弱なその花弁達を散らした。
思わずその花弁に手を伸ばす。
風に乗る、満月のような色をした黄色の花弁は、僕の手に届くはずもなく遠くへと消えた。

「…!」

闇の中で、トウヤくんとお兄ちゃんが笑っている姿が視えた。

「トウヤくん、お兄ちゃん!」

呼び掛ければ、二人は顔を見合わせる。再びこちらを見て、悲しそうに笑った。そして、僕が一歩近付くと、二人はふわりと消えていく。

「行かないで!置いて行かないで!トウヤくん、お兄ちゃん!僕も一緒に、」

連れてって。
そう言おうとしたのに、声が出ない。二人は消えていくのに。
行かないで、行かないでぇ!

そのとき、二人は口を開き、何か言っていた。
その言葉を言い終えると、二人は消えた。
申し訳程度にか、花弁の欠けた蝋梅の花が揺れる。

「……ぁ…あぁ…ッ」

足元が崩れ、僕は踞る。
そして、ただ闇の中で泣いた。

漸く、その溢れる想いが、本当の意味で理解できた気がした。






((幸せに、生きろ))












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