夏祭りの金魚が笑う


「焦凍、見て見て、金魚すくいだよ」

「やるか」


今日は彼女であるナマエと夏祭りに来ている。学校が違う事もあり中々会えない分、今日はナマエに優しくしようと決めていた。

浴衣を着た俺達は手を繋いで金魚すくいの屋台へと向かう。おじさんに200円を渡して、水槽の隣にしゃがみ込んだ。


「ね、勝負しようよ」

「おう」


ゆっくりと金魚を追いかける。金魚の尾ひれが跳ねて水しぶきがナマエにかかった。変な叫び声をあげるナマエと顔を合わせ、二人して笑う。


「…全然、とれねぇ」

「ふふ」

「どうした?」

「なんでもできる焦凍にも、苦手なことがあるんだね」


そう言って楽しそうに笑うナマエ。可愛いな、なんて思ってると、いつの間にかナマエは五匹目の金魚をすくっていた。


「お前…すごいな」

「昔、よくやったからね」


結局俺は一匹も取れず、おじさんの哀れみで一匹もらった。ナマエのと合わせて六匹の金魚達が、今手元の小さな袋の中で泳いでいる。

少し休憩しよう、と、人通りの少ない場所のベンチに腰を下ろし、俺は屋台で買ってきたラムネの瓶を一つ、ナマエに渡した。冷たいそれを受け取ったナマエは礼を言い、喉をゴクリと鳴らしながら流し込む。


「…いっぱいだね」

「ほとんどナマエがとったやつだな」


嬉しそうに金魚の入った袋を見つめるナマエは、小さく呟いた。


「…みんな一緒だと、寂しくないね」

「え…」

「もし一匹だけだったら、寂しいから…」

「…ナマエ」


やはり、寂しい思いをさせているのだと、思った。

連絡は毎日しているし、声が聞きたいから電話もできるだけしている。休みの日があったら会いにも行っている。
それでも雄英はずっと忙しく、この夏休みだってほとんどを学校で過ごしており、毎日夜遅くまでトレーニングに励み朝も早い俺。ナマエと過ごす時間はどんどん減っているのが現実だった。


「…悪い」

「え?」

「寂しい思いを、させてる」

「焦凍…」


紺色の浴衣に身を包んだナマエは一瞬キョトンとして、そしてすぐに、優しく微笑んだ。


「…あのね、本当はすごく寂しいよ」

「ナマエ…」

「できるなら、中学の時みたいに毎日会いたいし、一緒に学校に行ったり、お弁当食べたり…何より、ヒーローになるために頑張ってる焦凍を近くで見たい」

「…」

「…でもね、普段会えない分、こうやってたまに会える時間が…すっごく幸せなの」

「うん…」

「焦凍のこと好きだから、私は大丈夫だよ」

「…俺も、お前が好きだ」

「…うん、ありがと」


照れて笑うナマエを、ゆっくりと抱き締める。俺よりも随分と小さく細い体は、少しでも力を入れると折れてしまいそうなほど儚く思えた。


「ナマエ、大好きだ」

「…恥ずかしいよ」

「ずっと好きだ、だから、安心してくれ」

「…うん」


腕の中で少しだけ身動いだナマエは、俺を見上げる。吸い込まれるように唇を重ねると、袋の中の金魚がピチャンと音を立てて跳ねて、笑った気がした。



20200603


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