これからもずっと


「ただいま」


仕事が終わり、妻のナマエが待つ家へと真っ直ぐに帰宅する。いつも玄関を開けたら「おかえりなさい」と出迎えてくれる姿が今日は見えない。少しの寂しさを感じつつ、帽子とコートを脱いでリビングへと向かった。


「……ん?」


ドアを開けて、首を傾げる。部屋が真っ暗だったのだ。玄関の灯りは点いていたのに、一体どうしたのだろう。
手探りで電気スイッチを押すと、途端に明るくなる部屋。
と同時に、次の瞬間、


「ハッピーバースデー!!」
「うおっ?!」


カウンターキッチンの奥から勢いよく飛び出してきたのは、ナマエだった。頭の上にキラキラした三角形の帽子を乗せて、両手には苺がたくさん飾られた、クリームたっぷりのホールケーキを持っている。


「お誕生日おめでとうございます!!」


満面の笑みを浮かべる妻は軽い足取りで、驚きすぎて固まっている俺に近付いてきた。


「あれ?直正さん、大丈夫ですか?心臓動いてます?」
「あ……ああ、うん、えっと……」


突然の出来事に呆気に取られながら、今日が四月四日――自分が生まれた日であることを思い出す。


「えへへ、プチ・ドッキリ大成功!!」


そう言って、ナマエが笑った。あまりにも嬉しそうに笑うもんだから、俺もつられるように笑う。


「……ハハッ、ビックリしたよ」
「本当に?あんまり驚いてるように見えないですけど」
「本当さ。腰が抜けるかと思ったくらい」


俺の言葉にナマエは「大袈裟だなあ」と声を上げながら、ホールケーキをテーブルに置いた。よくよくケーキを見れば【直正さん おめでとう】と書かれたプレートが乗っていて、なんだかくすぐったい気分になる。


「今日は随分と豪華だね」


ネクタイを緩めながら、テーブルに並べられている料理を見渡した。唐揚げ、ハンバーグ、グラタン、オムライス、スープにサラダ。とてもじゃないが二人分の食卓には見えない。


「……とりあえず、ご飯だけでも豪勢にしたくて」
「とりあえず?」


聞き返すと、妻は申し訳なさそうに眉を垂れさせて、歯切れ悪く口を開く。


「……プレゼント用意できなかったんです。直正さんの欲しい物が分からなくて……答えてくれなかったし」


俺を見上げながら、キッと鋭い目付きで睨むナマエ。全然怖くない、むしろ可愛らしい表情に笑いそうになったが我慢する。
膨れっ面を見ながら、そう言えば最近よく「何か欲しい物はありますか?」と聞かれていたことと、その度に「何もないよ」と返事をしていたことを思い出した。


「ごめんごめん。俺が欲しいものは、もうとっくに手に入ってるからさ」


だから答えなかったというか、答えようがなかったというか。


「え、それってなんですか?」


首を傾げる妻に手を伸ばし、キラキラの三角形の帽子をそっと取って、柔らかい髪を撫でる。気持ち良さそうに目を細めるナマエを愛しく思いながら、少し背中を折ってキスをした。


「君だよ」
「……」
「俺はナマエがいれば、他に何もいらない」


こんな歯の浮くような台詞、普段なら絶対に口にしないけれど。俺のことを考えて、こうして祝ってくれる妻に、きちんと想いを伝えたくなったのだ。


「……直正さんがそんなこと言うなんて、珍しい」
「嫌かい?」
「……嬉しいです」


呟きながら、照れ隠しのように俺の胸に額を押し付けるナマエ。その髪に鼻先を埋めるように抱き締めると、細い腕が背中に回された。


「料理もケーキも、ありがとう。君のご飯は美味しいから、楽しみだな」
「なら、冷める前に早く食べましょう?」
「……あとちょっとだけ、このままがいい」


ぎゅうっと腕に力を込めると、ナマエが「痛い」と、楽しそうに笑う。この瞬間がたまらなく幸せで、ただただ幸せで、心地いい。



――たくさんの温かいご飯と、大きなバースデーケーキ。律儀にも年齢の数だけ灯された蝋燭に少しだけ苦笑して、一息で炎を消す。ナマエが、優しい眼差しで俺を見る。


「直正さん、お誕生日おめでとう」
「……ありがとう」


大好きな人が笑顔で祝ってくれる今日という日を、この先もずっと迎えられますように。俺の隣で、これからもずっと、愛しい妻が笑ってくれますように。



20210404 Happy Birthday
プラス再録。お誕生日おめでとう!


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