笑顔をありがとう


一年に一度の今日という日。
豪華な食事も高級なプレゼントも何も要らないから、この日だけは好きな人と一緒に穏やかな時間を過ごしたい――なんて。そんな小さな願いさえヒーローってやつは叶わないのだと改めて痛感した。現在進行形で。


「ホークス!!後ろ!!」


凛とした声が響き、右手に握る風切羽を薙ぎながら勢いよく振り返る。背後まで迫っていた大男が呻き声を上げて倒れた瞬間、今度は真横からナイフを構えた男が襲い掛かってきた。身を屈めて刃物を避け、隙だらけの腹部に肘鉄を食らわせる。白目を剥いて地面に転がった男を横目に素早く周りを見渡せば、どうやらコイツが最後の一人だったらしい。辺りには気を失った大勢のヴィラン達が地面に伏していた。


「ホークス、怪我はない?」


駆け寄ってくる小さな姿が視界に映る。後頭部で綺麗に纏められていた黒髪は崩れ、いつもシワ一つ無いスーツはとんでもなく汚れていたが、見たところ彼女自身に怪我はないようでホッと一安心。


「俺は平気です。ナマエさんは?」
「私も大丈夫」


今回も協力ありがとう、助かったよ。そう続けながら笑顔を浮かべる彼女に「いえいえ」と返事をしつつ、俺は心の中で静かに溜め息を吐いた。



――十二月二十八日。今日は俺の誕生日だ。現在の時刻…二十三時過ぎ。ここは人気のない福岡中心部から少し離れた、廃墟ビルの一室。

何故こんな日にこんな所にいるのか。それは、福岡県警から“違法薬物密輸組織の一斉摘発”という要請を受けたからだった。アジトと思われる場所が数カ所あった為、少人数に別れて各自現場へと向かったのが夕方のこと。

刑事であるナマエさんは“無個性”だが逮捕術や射撃に関してはかなりの腕前で、俺とそう歳も変わらないのにしょっちゅう現場を任されている。それゆえ同じ管轄にいる俺とは捜査で協力することが何かと多く、今回も二人一組となってこの廃墟ビルに乗り込んだ訳だ。

そして、この場所がドンピシャだった。敵のアジトのど真ん中、そんな所にたった二人で乗り込んだ俺達は応援を要請をする暇もなく、凄まじい数の敵と激しい戦闘やら銃撃戦やらを繰り広げ…
そうして全てが片付いた頃には、俺も彼女も文字通り、ボロボロだった――



「はい、はい…では、よろしくお願いします」


上司に連絡をしていたナマエさんは通話を切った後、手持ち無沙汰になっている俺に対して口を開いた。


「もうすぐ応援がくる。聴取が終わったら帰ってくれていいから」


こんな時間までごめんね。と軽く頭を下げられ、俺は首を横に振る。


「貴方が謝ることないでしょ。これからも何かあれば言ってください」
「…ありがとう。頼りにしてる」


ふっと笑ったナマエさんは…俺の好きな人だ。かれこれ一年近くも片想いを続けている。世間からは“速すぎる男”と呼ばれている俺だけれど、この人に関してだけは時間を要していた。仕事一筋で鈍感な彼女は露骨に口説いても一切気付いてくれないのだから、まあ仕方あるまい。俺も俺で今の関係にもどかしさのみならず、心地良さも感じていたので、ゆっくり距離を詰めていこうと思っている。


「あ、そうだ…ホークスに渡したい物があるの」


ナマエさんは思い出したように、スーツジャケットの内ポケットから何かを取り出した。差し出されたのは、チェック柄の包装紙が巻かれた…小包み。


「これは…?」


驚きつつ受け取ると、返ってきたのは思いもよらない言葉。


「今日、誕生日だよね。プレゼント」


どうして知っているのだろう。その疑問が顔に出ていたようで、ナマエさんは笑いながら「テレビで“今週お誕生日を迎えるヒーロー特集”ってやつ、見たんだ」と答えてくれた。そう言われれば、毎週放送されているヒーロー番組のコーナーにそんなものがあったような。

それにしても、まさか彼女からプレゼントを貰えるなんて。嬉しすぎて大気圏まで飛び上がりそうな程に気分は舞い上がったが、表情だけは崩さないよう必死に耐えた。


「…ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「うん」


ドキドキ、ワクワク。高鳴る胸と一緒に小包みに手を掛ける。手のひらサイズの包装紙を広げた俺は中身を見て、そして…絶句した。

“飲むだけで元気千倍!!疲労回復のお供に!!”という、なんとも胡散臭いキャッチフレーズが書かれた…謎の小瓶が現れたから。


「…な、何これ」


つい漏れてしまった心の声に、ナマエさんは得意そうな笑顔を浮かべた。


「私が愛用してるサプリメント。コレすごく効くから」


毎日忙しいホークスにも飲んでほしくて。そう笑う彼女はただ純粋に、自分のオススメを選んでくれたのだろう。しかし違法薬物密輸の現場で、こうも怪しげなサプリメントを警察官から渡されるとは。

あまりにもシュールな状況とナマエさんらしいプレゼントのチョイスに、笑いがじわりと込み上げた。


「ふふっ…すっごく嘘っぽいけど、効果あるんです?」
「あるある、私が保証する」
「あははっ、本当かなあ〜」


声を出して笑うと、彼女は必死にサプリメントの効能について力説し始めた。徹夜明けでも、残業して朝帰りした時も、寝ずに張り込みをした時も、コレを飲むだけで目が覚めてやる気が湧いてくるのだと。聞けば聞くほど怪しい。しかし成分表示はその辺のビタミン剤とそう変わらない内容で、製造会社は大手製薬メーカー、どうやら正規品のようだった。
笑いながら物珍しげに小瓶を眺める俺を見て、ナマエさんが苦笑する。


「…もっと素敵な物を用意できれば良かったんだけど」


俺は慌てて笑みを引っ込めた。


「あ、いや、めっちゃ嬉しいです。すいません爆笑しちゃって…なんか面白くて、つい」
「面白いって…ま、喜んでもらえたなら良かったよ」


くすりと笑った彼女の声と、近付いてくるパトカーのサイレン音が重なる。ビルの窓から差し込む複数の赤いパトライトが、笑顔を浮かべるナマエさんの白い頬に反射した。僅かな月明かりと赤いライトに照らされた端正な顔が綺麗で、思わずじっと見惚れてしまう。
何も言わずに黙り込んだ俺を、彼女は優しい瞳で真っ直ぐに見つめて、


「誕生日、おめでとう」


優しく呟いた。



――今日はたくさん擦り傷を負ったし、むさ苦しい男達の返り血まで大量に浴びた。普通なら、なんて日だと嘆くことだろう。でも、俺は。


「…ありがと」


こんな誕生日もアリかな、と。


血生臭い廃墟ビル。穏やかな雰囲気なんて微塵もなかったけれど、大好きな人と過ごせたことには変わりない。何よりも貴方が祝ってくれたから、貴方のおかげで笑顔になれたから。もう、それだけで充分すぎるほど満足で、幸せだった。

楽しい誕生日をありがとう。そして叶うなら、どうか来年も俺の隣で、一緒に笑って。




20201230 Happy Birthday
12/28 プラス再録。お誕生日おめでとう!


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