理不尽は甘くない


「塚内さん、私とポッキーゲームしましょう!」
「はあ?」


昼休憩。自販機で買ってきたブラックコーヒーを飲んでいたら、俺のデスク横まで近寄って来た部下のミョウジが突拍子もなく言った。右手には菓子の箱を持っている。


「今日は十一月十一日、ポッキーの日です」


連日の徹夜で思考は鈍っているが、コイツがものすごく下らないことを言っているのは理解した。面倒になって無視を試みるも「ねえ聞いてます?」と詰め寄ってくるのだから、本当にしつこい。


「…他の奴としろ。俺は疲れてるんだ」
「塚内さんとじゃなきゃ意味がないんです」
「…そもそもポッキーゲームって何だよ」
「えっ、知らないんですか?」


そう言ったミョウジは菓子の箱を開け、中からチョコがコーティングされた棒状の菓子を取り出す。


「このポッキーを端から一緒に食べて、先に口を離した方が負けっていうシンプルでスケベなゲームです」
「スケ…お前バカか、仕事しろ」
「今休憩中ですよ、何言ってるんですか」
「お前が何言ってんだ」


俺達のやり取りに、フロアからは「またやってら、ホント仲良いよな」だの「さっさとくっ付けば良いのに」だのと笑い声が起きている。ああ、腹が立つ。というかミョウジも俺と同じで徹夜しまくっているのに、なんでこうも元気なんだ。


「やりましょうよ、たかがゲームじゃないですか」
「誰がそんなもんやるか」
「…もしかして、負けるのが怖いんですか?」


明らかに鼻で笑ったミョウジに顔を向けると、ふふんと半笑いの表情で俺を見ていた。


「…なんだと?」
「負けるのが嫌で、そうやって逃げてるんでしょ」


――ブチッ。頭の中で何かがキレる。上司を馬鹿にしやがって…苛立ちと疲労が重なった俺は勢いよく立ち上がり、ミョウジの小さな手からポッキーを奪い取って一気に五本、口に咥えた。


「…そんなに言うなら、やってやるよ」
「えっ」


呆気に取られているミョウジに詰め寄り、一瞬で壁際まで追いやって、逃がさないとばかりに俺より頭一つ低い顔の横にドンッと手を付く。


「お前から言ったんだ。ホラ来いよ、俺は逃げんぞ」


ポッキーを咥えたまま至近距離で見下ろして言うと、唖然と俺を見上げていたミョウジは一気に顔を真っ赤にして、そして。


「…塚内さんのエッチ!!」
「痛っ!!」


バチンッ、乾いた音と同時に左頬にとんでもない痛みが走る。引っ叩かれた、違う、殴られた、グーで。え、グー?あまりの痛さと衝撃で俺の口から折れたポッキーが床に落下する。


「わ、私の純情…揶揄うなんて信じられない!」
「はあ?!」
「塚内さんのバカ!!スケベ野郎!!」
「お、おい、」
「うわあああん!!玉川さーーん!!」


好き勝手に暴言を浴びせたミョウジは泣きながら、遠くでこちらを見守っていたであろう猫頭の元へと駆けていく。残された俺が痛む頬を押さえながら辺りを見渡すと、フロア中から冷たい視線を向けられていた。


「いやいや、塚内さん壁ドンはないわー」
「セクハラっすよ」


やれやれ。なんて言いながら持ち場に戻っていく部下共。嘘だろ、なんでだ、なんで俺が悪者になる?だいたいポッキーゲームをスケベなゲームとほざいていたのはアイツだぞ、あんなことを口にした奴が純情な訳あるか。


「…」


…そう言いたい。言ってやりたい。でも、今この場で俺の味方になってくれそうな奴は一人もおらず、余計なことを言ったら非難されることも目に見えている。


「(痛い…)」


ジンジンと熱を持つ頬が痛い。たぶん腫れている。情けないやら腹が立つやら、複雑な気持ちで床に散らばったポッキーの残骸を拾い集めゴミ箱に捨てた。俺は一体何をやっているんだと思いながらデスクに戻ると、ミョウジが置き忘れたポッキーの箱が目に入る。個包装がもう一つ残っていたので、俺はそれを乱暴に破き、せめてもの腹いせとして一人で全部食べてやった。思い切り殴られたせいで口の中が少し切れており、鉄の味が広がっていく。


「(…マズい)」


痛む口を必死に動かして、甘いのか何なのか分からない菓子をボリボリと噛み砕いた。なんで俺がこんな目に遭わなきゃならんのだ、理不尽すぎる。

口内に残る違和感をブラックコーヒーで流し込んだ俺は盛大な溜め息を吐き、切実に思う。ポッキーの日なんて滅んでしまえ、と。



20201111 ポッキーの日
プラス再録。


- ナノ -