「ポッキーゲームしましょう!」
「馬鹿じゃないの」
意気揚々とした俺の提案に即答したナマエさんは、すぐにテレビへと視線を移してしまった。仕事終わりにコンビニに駆け込んで店頭に並ぶポッキーを両手いっぱい買って帰ってきたっていうのに、冷たすぎやしないか?
俺はヒーローコスチュームのまま、ソファーに腰かける彼女をジト目で見つめる。
「え…あの…今日は11月11日ですよ…?」
「…だから?」
「ポッキーの日ですよ!ポッキーの日!」
前のめりで言うと、ナマエさんは心底呆れたような顔で「うるさ…」と呟いた。でも引き下がってなんかやらない、頷いてくれるまで諦めないぞ。
「ねえ〜ポッキーゲームしよう?一緒に端から食べて、先に口を離した方が負けってやつ」
「別々に食べればいいでしょ。まどろっこしい」
…正論である。しかしここで引いてはダメだ。
「一緒に食べることに意味があるんです。ゲームなんですから」
「…」
「チョコ付いた方はあげるから、ね?しよ?」
と言いながら、買ってきた大量のポッキー達をソファーに広げつつ、その中から一つの箱を手に取って封を開ける。素早く一本差し出すと、ナマエさんは諦めたように「あ」と控えめに口を開けてくれたので咥えてもらった。文句を言いつつも最終的にやってくれるのだから、俺の彼女は最高だ。
「じゃー、いきますよ」
にやけそうになる頬を引き締めて、ソファーに座るナマエさんの上に跨る。まさか上に乗ってくるとは思わなかったのだろう、大きな瞳に驚きの色が浮かんだ。それに構うことなくポッキーの先端に齧りつき、至近距離で見つめながら少しずつ距離を詰めていこうとした瞬間、細いポッキーが真ん中でポキッ、折れる。
「ああ、折れちゃった」
残念、じゃあもう一回ね。そう続けようとして、俺は動きを止めた。目の前の彼女が顔を真っ赤に染めて目線を逸らしていたから。もそもそと咥えていた半分のポッキーを飲み込んだナマエさんは眉間にシワを寄せながら俺を睨む。どうしよう、全然怖くない、めっちゃ可愛い。
「…そんな顔して、どうしたの?」
「…」
「ん?なあに、言って?」
俯いた彼女の顎をやんわり掴んで目線を合わせ、問いかける。ナマエさんの頬が熱い。久しぶりに見た照れまくっている彼女は小さな声で「…なんか恥ずかしいんだけど」とだけ呟いた。
キスも、勿論それ以上のことも数え切れない程している。同棲しているのだから当たり前だ。もっと恥ずかしいことだって沢山やっているのに、ちょっといつもと違うことをするだけで恥ずかしがるなんて。やっぱり俺の彼女は最高である。
「ただのゲームだよ」
そんな可愛らしい彼女の言葉は右から左へと流しつつ、素知らぬ顔で新しいポッキーを手に取った俺は、何か言いたげな小さな口にそれを挟ませた。思わず落とさないように咥えた彼女の赤い頬を両手で包み込みながら、先程と同じように先端を口に含む。
今度は折れないよう、ゆっくり、ちょっとずつ、時間を掛けて。熱で溶け始めたチョコが纏わりついているナマエさんの唇に近付いていく。目をギュッと閉じた愛しい人はただポッキーを咥えているだけで、俺ばっかり食べているけど、それでいい。
「…んぅ、」
最後に到着した一番甘い場所をペロリと舐め上げる。驚きで開いた唇の隙間に侵入して、ポッキーよりもずっと甘い彼女の味を堪能した。
しばらくして顔を上げると、やっぱりナマエさんは真っ赤な顔で。
「…どこがゲームよ。勝ち負け関係ないじゃん」
「ん〜…先に口離した方が負けだから、俺の負けでいいよ」
へらっと笑いながら小さな体を抱き締めて、ポッキーの箱が散らばるソファーにそっと押し倒す。一瞬驚いたナマエさんは相変わらずの照れた顔。でも、俺の首に細い腕を回してくれたので、それがもっと甘い時間の、始まりの合図。
…中途半端に残った湿気たポッキーを二人で一緒に食べるのは、明日の話。
20201111 ポッキーの日
プラス再録。