※プロヒーロー爆豪
「おいクソ女、生きてんのか」
「…爆、豪?」
目を開けて一番に視界に入った仏頂面がひどく懐かしい。爆豪勝己。中学時代のクラスメイトだ。数年会っていなかったが顔を合わせば喧嘩をしていた彼の顔はよく覚えている。
あの頃から随分と大人になった端正な顔が所々不自然に赤黒く染く染まっていて、その汚れを拭うために手を伸ばそうとした。けれども何故か両腕は動かず、私はただ「うっ」とか「あっ」とか、情けない声しか出せない。
「動くなアホ死にたいんか」
好き勝手暴言を吐く彼は何かをじっと見ていて、その逞しい両腕をいそいそと動かしている。腹部が何故か燃えるように熱くて爆豪の視線を追った私は、すぐに見なければよかったと後悔した。
「痛、い!う…、あぁ…ぐっ、!」
飛び散る血液に、突き立てられた数本の刃物。瞬時に自分を襲った光景が蘇って、視覚と記憶から痛みを思い出した私は泣き叫んだ。
突如現れた
間近に聞こえる男の笑い声と経験したことのない痛みに膝をついた私は、無意識に目の前の男を掴んだ。自分でもなんでそんなことをしたのか分からない。けれど、視界の端に映った小さな男の子が恐怖からかその場から動けなくなって泣いている姿を見て、引き止めなくてはと思ってしまったのだ。
その結果がこれだ。大小様々な刃物を刺され続けた私の全身は動かず、ただただ迫りくる痛みに喚き散らすことしかできない。
なんで、あんなことをしたんだろう。“個性”を持たない私ができることなんて何もないのに。こうやってプロヒーローになったかつての同級生に手当てをされている。無様な姿を晒しただけでなく活動の邪魔をしているかもしれない現実に、痛みとは別の涙も溢れた。
「あのガキは無事だ」
唐突な爆豪の言葉に、痛みに支配された意識が揺れる。彼は未だに私の皮膚に刺さっている刃物を迷いなく抜いていき、迅速に止血を施してくれた。所構わず爆破し中指を突き立てていたあの頃の両手は見る影もなく、別人のようだと頭の片隅で思う。
「
そう言った爆豪は、やっと私を見た。射抜くような鋭い瞳の中に、どこか優しさのようなモノが含まれている気がするのは私の意識が朦朧としているからなのか。
「…、ばく、ご…」
うまく口が動かず、やっとの思いで名前を呼ぶ。その瞬間、背中と膝裏に何か温かいものが触れた。彼の大きな体に密着するようにふわりと浮遊感がして、ああ、爆豪が抱き上げてくれたのかと理解する。痛みはだんだんと熱さに変わり、全身から嫌な汗が吹き出してはその度に体が冷たくなる感覚がして気持ち悪い。
ただただどうすればいいのか分からなくて、唯一動く顔を爆豪の胸元に寄せる。ドクドクと規則正しい音を奏でる彼の心臓の音がひどく心地良い。
「鎮痛剤打ったから寝とけ。病院まで運んでやる」
「ん…」
頭上から降ってくる爆豪の声。死ねとか殺すとか物騒なことしか言わなかった彼の面影はもうどこにもなくて、それがどこか寂しい。
「…無個性の癖に、その根性と度胸だけは褒めてやるよ」
…相変わらず、口は悪いけど。
でも、初めて彼に称賛された私はただ嬉しくて、声にならない声で「ありがとう」と唇を動かす。爆豪が小さく笑った気配を感じて、私は襲いくる睡魔に身を任せた。
小さな勇者
20200618 拍手御礼文