下弦の月が水面に反射して、きらりと輝いた。波がゆらゆら揺れるのと同時に、金色の丸が歪む。
漆黒の闇のような海をマンションの屋上から眺めていると、背後から人の気配がして振り向いた。
「こんな時間に何やってるんです?」
大きな翼を羽ばたかせ、音を立てずに着地したのはホークス。小さく欠伸をしながら近寄ってくる彼を一瞥して、海へと視線を戻した。
「月を見てるんだよ」
「月なら上じゃないですか」
そっと、水面を指差す。
「こっちの月を見てたの」
「ほー…中々綺麗ですねぇ」
まぁ、貴方の方が綺麗ですけど。と軽口を叩きながら笑うホークスの頭を軽く小突いた。痛いと口を尖らせる彼の表情は豊かだな、なんて思いながら見つめると、私の髪を掬うように頭を撫でる温かい指先。抵抗せず、優しい手のひらを感じるように目を閉じる。
「…髪、冷えてますよ。もう寝ませんか?」
「眠れないから、ここに居るんだよ」
ホークスは髪を撫でる手を止めて、私を後ろから抱き締めた。鼻を掠める太陽のような匂いと、視界に入る深い赤の翼が私達二人を柔らかく包む。
「なら、温まってください」
「…ポカポカする」
「人間羽毛布団ってやつですね」
ホークスが肩に顔を埋めるにくる。彼のくせっ毛が頬にかかり、まるで小動物のように動いた。
「ホークス、くすぐったい」
「んー…良い匂い…」
「貴方と同じシャンプーだよ」
「自分で使うのと全然違う匂いするな〜…あ、ねぇねぇナマエさん」
名前を呼ばれて顔を向ければ、唇に柔らかい感触。目の前にはホークスの意地悪そうな、だけど優しい笑顔があった。
「…びっくりした」
「びっくりさせましたから」
そう言って、さっきよりも強くギュッと抱き締められる。苦しいけれど心地良い体温に、冷めきった体がじんわりと暖まった。
ホークスの背中に手を回す。小柄な、けれども自分よりも大きくて鍛えられた体から聞こえる規則正しい心臓の音が、どうしようもなく安心させてくれた。
「ドキドキしてるね」
「…そりゃ、ナマエさん近いし」
少し照れたように言う彼を愛しく思いながら、今度は私から背伸びをしてホークスの頬に唇を落とす。珍しい私の行動に彼は一瞬固まった。
「…間抜けな顔」
「…どうせなら、こっちにしてください」
笑い合って、もう一度唇にキスをする。空を駆ける為かいつも乾燥している彼の唇は、熱い。
「ねぇ、好きですよ」
「…私も」
互いの体温を感じ合って、愛を確かめ合って。そんな私達を、月が優しく照らし続けてくれた。
20200605