世界で一番素敵で、大好きな彼氏がいる。
轟焦凍。
父親は先日のビルボードチャートで正式にNo.1ヒーローとなったエンデヴァー。複雑な家庭環境で育ち一時は荒れていたものの、今では名門雄英に通い、期待されているヒーローの卵だ。
幼い頃から一緒にいた私は、どんな焦凍も大好きで、焦凍も私を大好きと言ってくれた。
だから、だからだ。
「ナマエ…悪い」
「…うん」
そう、分かってた。分かってたんだ。焦凍はいつも私を一番に考えてくれていて、私だけを本当に大切にしてくれていた。だから、分かる。
「本気で、親父を超えたいんだ」
「…うん」
プロヒーローを目指すのに、私は邪魔だ。ヒーロー科すらない一般的な高校に通い、世の中に貢献できるような“個性”を持っていない私が焦凍にできることは一つもありはしない。それを言わない焦凍は優しさのつもりかもしれないけど、すごく、残酷。
「俺がヒーローになって、親父を超えたら、その時は、」
…そんな約束なんていらない、どうせなら突き放して。別れに優しさも同情もいらないんだよ。
「…約束したら、それは焦凍の負担になる。プロヒーローになるためには、私のことは忘れてほしい」
「…っ」
本当は、焦凍も分かってるんだよね、だけど私を傷つけないようにしてくれてる。
本当に、素敵な人だ。
「…焦凍のこと、本当に大好きだよ。それはきっとこれからも変わらない、変われない」
「…俺もだ」
「…約束なんてしない。だけど、もし、焦凍の目指した未来で、まだ私に面影が残っているなら…」
「…また俺の側にいてくれるか?」
「…もちろん」
私と焦凍は最後に、お互いを強く抱き締めた。昔は泣き虫で私よりも小さかったのに、いつの間に、こんなに大きくて温かい人になったのだろう。薄く残る小さな無数の傷口が袖や襟元から覗くたび、私の知らないところでどんなに努力を重ねているのだろうと胸が締め付けられた。
「…これが離れたら、もう会わない」
「…あぁ」
「焦凍、頑張ってね。ずっと応援してるから。…こんな事しか言えなくて、ごめんね」
「何で謝るんだ…ナマエが居てくれて、本当に良かった」
「…私も…、」
ああ、こらえようと思ったのに、焦凍の前では泣かないと決めたのに。私の目からは涙がたくさん流れた。それに気付いた焦凍は抱き締める力を弱めて、
「ナマエ…」
「焦凍…っ」
深く、長く、今までのどんなのよりも愛のある口づけを交わす。
「ナマエ、愛してる」
この温もりも、焦凍の匂いも、私が感じた愛しいモノは、どんなに足掻いてもきっと時間と共に消えていく。
だけど私は忘れない、絶対に忘れるもんか。
焦凍が私を愛してくれた事、私も焦凍を愛した事。
例え焦凍が忘れても、私はずっと覚えてる。
今、目の前の夢に向かって、希望に一歩踏み出した焦凍の大きな背中を。
私はこれからもずっと愛していこう。恋人という形がなくても、不確かで曖昧な未来までずっと、この想いは消さない。
20200605