明かされた正体


終始無言のまま警視庁に到着した。公用車を指定の場所に停め、対策課の本部があるフロアへと向かう。

警視庁の五階にあるフロアに入ると、そこには村上と、予想通り沢田がいた。他の捜査官はまだ戻っていないようで、二人はフロアの端にある四人掛けの簡易応接セットで話をしていたらしい。咲とスクアーロに気付くと立ち上がった。


「高山。おかえり」

「久しぶりだなぁ咲ちゃん。スクアーロも、ご苦労さん」

「…只今戻りました。沢田さん、お久しぶりです」


咲が軽く頭を下げると、後ろにいたスクアーロが勢いよく沢田に詰め寄った。


「うお゛おおおい!!家光テメェ、あんなクソ少ねぇ情報のせいで俺がどんだけ苦労したと思ってんだぁ!!」

「ん?何言ってんだ。俺はちゃんと、時間も場所も内容も全部XANXUSに伝えたぜ?」

「ああ゛?!」


物凄い剣幕と大声で怒鳴るスクアーロに、咲は思わず耳を塞ぎそうになった。沢田は笑顔のままだ。


「XANXUSの事だ、どうせ、警官の高山って奴を探せ、くらいしか言わなかったんだろ?」

「ぐっ…!その通りだぁああ!!」


ははは、と楽しそうに笑う沢田と、激しく叫びながら落ち込むスクアーロ。騒がしい一部始終を引き気味で見つつ、スクアーロと沢田が知った仲という事実に少なからず安心した咲は村上に近寄る。


「いやー、高山とスクアーロ君が無事に合流出来て良かった」

「…はい」


無事、では、ないのだが。心中で思いつつも頷くと、村上は咲の着ている黒いコートのフード部分が不自然に切り裂かれているのに気付いた。しかも首筋に一本の赤い痕。そこでハッとした。未だにガミガミと大声で怒鳴っているスクアーロの背中にある剣を横目で見てから、申し訳無さそうに咲を見る。


「…無事、では無かったようだなぁ…」

「…大丈夫です。それより、聞きたい事があります」


咲が言うと、怒鳴り散らし幾分かスッキリしたらしいスクアーロと、相変わらず笑顔のままの沢田がこちらを見た。そして、沢田が口を開く。


「咲ちゃん、それは俺から説明するよ。スクアーロと咲ちゃんが戻り次第、俺も全て話そうと思っていた」

「高山…悪かった。スクアーロ君のことは俺もさっき聞いてな。事前に連絡が出来ていれば良かったんだが…」

「…いえ……」


上司である村上が本当に申し訳無さそうに謝るもんだから少し居心地が悪くなる。村上もスクアーロのことを把握していなかったのならば、仕方ない。
そして、先程のスクアーロと沢田の会話から、二人の連絡の間には【ザンザス】と呼ばれる者が存在し、沢田はザンザスには詳細を伝えたのに、スクアーロには詳細までは知らされず、ただ自分を探すしか方法が無く苦労したであろうことが分かった。そう考えると、スクアーロが少し哀れだとは思う。

スクアーロは、眉間に皺を寄せながら沢田を睨んだ。


「…何でもいいから、とにかく今の状況を全部説明しろぉ。俺はSランク任務後で疲れてんだぁ」

「あ、任務ってSランクだったのか?はっはっはっ、そりゃあ悪いことしたなぁ〜」

「思ってもねぇこと言うなぁ゛!」

「ま、まぁまぁスクアーロ君、落ち着いて。とりあえず座ろう、な?」

「………ふん」


今にも殴りかかりそうなスクアーロをなだめながら、村上がソファを指す。鼻息荒く腰を下ろしたスクアーロを合図に、その横に沢田が、テーブルを挟んで村上と咲が座った。


「じゃあ…まず、咲ちゃんに報告してもらいたい。いいかな?」


沢田の言葉に、咲は頷く。


「私が張り込んだラブホテルには三十人程の暴力団関係者が入りました。ラブホテルの入り口には見張りが二人居ましたが、初めて見る顔でした。そして張り込み開始から約二時間後の午前1時すぎ…谷川 誠人内閣官房長官が黒いベンツでやって来て、見張りの二人の男と共に、ラブホテル内へ入って行きました」


谷川の名前が出た瞬間、沢田と村上は驚愕した。


「谷川…だと…?」

「高山…見間違いではないんだな?」

「…ハッキリと顔が見えたので、間違いありません」


咲の報告に嘘がないと思った沢田は腕組みをしながらソファにもたれかかった。


「…権力者が絡んでいるとは思っていたが…まさか政治家、しかも内閣官房長官殿とはなぁ…」


沢田は唸りながら顎髭をさすっている。咲はそんな沢田を見て口を開いた。


「…沢田さん。今回の情報は、どこから仕入れたんです?」

「…」

「今回だけではありません。いつも沢田さんの情報は的確で、仕入れも早い。私が利用している情報屋が微塵も知らないことを詳細まで知っていることも多かったし、私達が欲しい情報をいつも提供してくれていました。それは…」

「…咲ちゃん」


フロアが静まり返る。
情報屋という者にロクな人間はいない。金さえ積めば、どこの誰にでも情報を売るし、それが情報屋というものだ。でも沢田は村上を裏切るような真似は一度もしなかったから、咲は今まで何も言わなかったし、あまり気にもしなかった。
しかし、今回の件は、今までとは違う。
沢田の情報の裏には大きな何かが隠れているし、スクアーロは、自分のことを俺達の協力者と言った。それは、つまり。


「…それは、警察を利用する為なのでは、と思っています」

「…」

「沢田さんは、何者なんですか」


咲が沢田から目線を逸らさぬ様、意思を真っ直ぐ突き刺す様に言った。やがて、沢田が静かに口を開く。


「…俺とスクアーロは、ある組織に所属している。普段、俺は工事現場監督をしているが、それは仮の姿で、本職じゃあない」


咲は黙って聞いている。


「本職は…イタリアの巨大マフィア、ボンゴレファミリーの門外顧問をしている。門外顧問というのは、工作員やスパイ活動等を行う諜報機関だ。そして俺は、非常時においてはボスに次ぐ権限を持っている」

「イタリアの、マフィア…」


近年、主にロシアや中国などでマフィア情勢が悪化しているというニュースをよく見る。特に銃社会の国では深刻化しているらしく、日本の暴力団などが起こす事件など比にならない程の凶悪な事件が多発し、それは国際問題にもなっている。イタリアにも、もちろんマフィアの組織は多く存在しているが、他国と比べると情勢は激しくない。


「そうだ。イタリアのマフィアの多くはボンゴレファミリーの傘下にあり、他国にも同盟を結んでいるファミリーは多い」

「…」


信じ難い話だが、イタリアの巨大マフィア、その諜報機関に沢田が属しているとなると、なるほど、日本の暴力団の情報入手くらい、簡単だろう。そして、そのボンゴレファミリーが統治しているとなると、イタリアのマフィア情勢が激しくない事にも合点がいく。


「そして、このスペルビ・スクアーロは、ボンゴレファミリーが誇る暗殺部隊の作戦隊長だ」


暗殺部隊。咲は少し驚いたが、先程のスクアーロとの出会いを思い出すと納得できた。凄まじい殺気を放つ、この時代に珍しい長い剣を構えた男…暗殺者。しっくりくる。

スクアーロは特に何も言わない。見れば見るほど端正な顔立ちだが、長い銀髪、全身に黒装束をまとう姿はどう見ても堅気には見えないし、格好と相反する整った顔は冷たさを含んでおり、悪魔の様にも見える、と頭の片隅で思った。

沢田の話す内容を冷静に考えながらも黙って聞いている咲に、今まで口を閉じていた村上がおずおずと話しかける。


「なぁ高山…その、驚かないのか?っていうか信じたの?」

「…これでも驚いてますけど。でも、色々と辻褄が合うので」

「…お前、本当に冷静だよな」


淡々と答える咲に、村上は少し呆れる。


「村上警部は、いつからご存知だったんですか?」

「大学の頃だな。だが、初めて聞いた時はびっくりして椅子から落っこちたもんだ」


村上と沢田は同じ大学を卒業しており、その頃からの仲で、村上は当時を懐かしむように言った。沢田も小さく笑い、そしてまた、咲を見る。


「イタリアの巨大マフィアの、実質No.2の俺が、何故、日本の警察の情報屋をやっていると思う?」


咲は考える。村上の友人だから、というのも理由としてあるのかもしれないが、それだけでマフィアのNo.2が、わざわざ日本の警察相手に自ら情報屋なんてしないだろう。

咲の返答を待たず、沢田は言葉を続ける。


「…十年前。ボンゴレ傘下にあった弱小ファミリーが裏切り、日本に逃げた」


…十年前。
自分の両親が、死んだ頃。顔には出さなかったが、思わず手を握り締めた。


「俺達はすぐに追ったが、中々見つからなかった。だが、情報を集めている内に、どうやら東京に潜り込んでいることだけは分かった。そして、隠れるなら暴力団や極道者…裏社会だろうと予想した」

「…」

「十年前はボンゴレ内で後継者争い問題や、他ファミリーとのトラブルがあって俺達も手が回らなかった。かといって、ボンゴレから裏切りファミリー出た、しかも逃した…そんな失態を周りに知られる訳にもいかない。どうしたもんかと頭を抱えていた時、俺は村上とたまたま再会したんだ」


沢田が言葉を区切ると、続けて村上が口を開く。


「俺はその頃、対策課に配属になったばっかりの新人捜査官でな。当時追っていた事件の聞き込み調査を並盛町でしてるときに沢田にバッタリ会ったんだよ」

「それで俺は相談したんだ。手を貸してくれないか、ってな」


…いくら友人とはいえ、マフィアに属する者が警察に協力を求める、とは。よほど切羽詰まっていたのだろうか。十年前のボンゴレが抱えていた問題とは、そんなにも大きかったのだろうか。

咲は終始真顔だが、その顔に疑問の色が浮かんだのを村上は見逃さなかった。


「俺も最初は、何て話だって戸惑ったよ。だがな、この平和な日本にマフィアなんていう物騒な連中が紛れ込んでる…そう思うと、何としても取っ捕まえなくちゃならないと思ったんだ」

「…警部らしい、ですね」


正義感溢れる村上らしい考え方だと思う。しかし、まだ新人刑事であっただろう村上が勝手に、しかもマフィアが関係する国際問題に手を出す訳にはいかないだろう。咲の言葉に、村上は困ったように眉を下げて笑う。


「…だが、俺1人では何も出来ない。だから…信頼する先輩に相談したんだ。そうしたら、先輩は警視庁上層部に話を付けてくれてな。沢田がボンゴレファミリーのNo.2として、警視庁に直接、協力要請を申し込んだ。そして、許可された」


さすがに咲も目を見開いた。ということは、つまり。


「…警視庁は、ボンゴレファミリーと協力関係にあるということですか?」

「そうだ。ごく一部の者しか知らない極秘事項だがな。だから沢田は警視庁の出入りも認められているんだ」

「…上層部は、よく許可を出しましたね」


咲言葉に、沢田はニヤリと笑う。


「ボンゴレが巨大なのは単に人が多いだけじゃない。科学や技術、医学、兵器、戦闘術など、多くに渡り最先端のクオリティを誇っている。だからマフィア界のみならず、組織の上に立つ者でボンゴレの名を知らぬ者は少ない。ちなみにイタリアの警察とは、治安を守る同志として友好条約を結んでいる。日本の警視庁上層部にも、ボンゴレを知る者は多かったんだ」


ボンゴレファミリーは、元は平和を守る自警団である。それが徐々に組織化され力をつけていきマフィアとなった。優秀な人材が多く、資金も膨大にある為、凄まじいスピードで物事の進歩を遂げている。その存在は裏社会、表社会ともに公認されており、ボンゴレがいれば敵無し、とまで囁かれているほどだ。それ故にボンゴレと友好関係を築きたいと考える者は多い。


「俺は提案した。裏切りファミリーの探索、討伐に協力してくれるなら、ボンゴレも日本の治安を守ることに協力する。表立ったことは余程の事がない限り出来ないが、情報屋として警察が追ってる捜査の手助けは出来る。とな」


スケールが大きい話だが、納得はできた。マフィアという存在が身近にいないのでピンとこないが、どうやらボンゴレファミリーはとんでもなく大きい組織のようだ。そして、そんな組織から協力関係を求められる…警視庁にとっては願ったり叶ったりだろう。日本の警察はボンゴレとの繋がりがある…それが世界に知れ渡れば、日本が国際問題に巻き込まれることも少なくなるだろうし、小さな島国である日本にとっては強力な味方になる。


「そして俺と友人関係にある村上が、警視庁と俺を繋ぐ連絡係を担ってくれた」

「あの頃、俺は右も左も分からない新人だったんだぞ?それが急にでっかい事に巻き込まれて…本当にあの時はお前を恨んだよ」

「ははは、すまんすまん」


ギロリと沢田を睨む村上は、言葉とは裏腹に表情は楽しそうだ。きっと二人は本当に仲が良いのだろう。だから村上は、現在も対策課で現場に出ているのだ。

そんなことを何となく思いながらも、咲は話を進める為に口を開く。


「…そのボンゴレを裏切った者が、宇井組と何かしら関わりがあるんですね?」

「…そうだ。裏切りファミリーの名は【ヴィーレ・ファミリー】という。弱小ファミリーだがボンゴレとの繋がりは長く、信頼していたファミリーの1つだった」

「…そのヴィーレファミリーは、何をしたんですか?」

「ボンゴレの情報を他のファミリーに売っていたんだぁ」


咲の疑問に、今まで黙っていたスクアーロが吐き捨てる様に言った。簡潔な言葉を補足するように沢田が続く。


「ボンゴレの名簿リスト、過去の任務内容、最新の兵器の情報等、多くの内部情報を持ち出し、高額で取引していたんだ」


情報漏洩。どんなに大きな組織でも、たった一つの情報が命取りに繋がる。それがマフィアという裏社会ともあれば、想像も出来ない程に大きな問題なのだろう。


「確かにボンゴレが巨大組織であればあるほど、敵は多くなるし、内部情報は高く売れるだろうな。だがしかし…そのヴィーレってファミリーは、ボンゴレを敵に回すことがどんなに恐ろしいか分からない程の馬鹿だったのか?」


村上の問いに、沢田は表情を曇らせる。


「十年前、ヴィーレのボスが事故死した。そして、ボスの息子がファミリーを継いだんだが…その息子が文字通りの馬鹿息子でな。金に目が眩んだんだろう…マフィア界の裏切り者がどうなるか、そんなことも知らないで簡単に裏切ったんだ。だからバレた瞬間、すぐに逃亡した。全く逃げ足だけは速くて困る」

「…ヴィーレファミリーは、弱小なんですよね?話を聞く限りでは、そんなに裕福でも無さそうですけど」


咲の言葉に、沢田は頷く。


「そうだ。ヴィーレの構成員は貧困街出身者が多い」

「では、その馬鹿息子以外に有能な人材がいるのですか?」

「?」

「そうでなければ、そんな弱小ファミリーが巨大なボンゴレから十年も逃げるなんて不可能です」


ヴィーレがボンゴレを裏切ったのは十年前だ。それから今日という日まで逃げられるなんて、どう考えてもおかしい。的確な疑問に沢田は苦笑する。


「そうなんだよ、普通は無理だろ?だがなぁ…気付いたら十年も経っちまってる。どういった経緯かは分からんがヴィーレには協力者がいるだろう。それも有能な、頭の回転が早い奴だ」

「それが…もしかしたら、谷川かもしれない、と?」

「…今は情報が少なすぎる。宇井組かもしれないってのも今朝入りたての情報だ。引き続き捜査を頼めるか?」

「…はい」


返事をしつつも、咲は内心で深い溜息を吐く。まさかこんなにも大きな事件だとは思わなかった。つい最近やっと自分の担当だった暴力団を摘発したばかりだというのに、ろくに休めないまま、しかもマフィアなんて物騒な組織が関わっている事件の担当になるとは。

無表情であるが、ほんの少しの嫌悪感が顔に出ている咲を見て村上は苦笑する。


「すまんなぁ、高山。沢田のことやボンゴレのことは警視庁の極秘事項でもあるから、この件は少人数かつ先鋭で何とかしなくちゃならない」

「…では、他の捜査員達にはどう伝えるのですか?」

「密輸をしているのが宇井組で、協力者が谷川。それだけ伝え捜査に当たらせる。ボンゴレのことは一切言わない。担当は高山とスクアーロ君、二人一組でやってもらう」

「え?」

「ああ゛?!」


村上の言葉に、咲とスクアーロの声が綺麗に重なった。





20170210