花の輪廻(最終話)
源氏と平家。
お互い、完全に和解するのにはまだまだ時間がかかる。
恨みや憎しみは簡単に消えないし、これからも…小さな争いが数多く起こるだろう。
けれど。
「九郎、また一緒に飲もうぜ!」
「…将臣は酒癖が悪いからな。俺の身にもなってくれ」
呆れながらも、九郎さんは笑顔で将臣君と握手を交わした。
清盛さんが居なくなった今、平家の実権を握るのは還内府の将臣君。
この和議を機に、どうやら頼朝も表舞台からは姿を消すらしい。これからは九郎さんが源氏を動かすみたいだ。
そんな二人が今、笑い合っている。
それを見た兵や民は、安心したように笑みを溢した。
そして。
「…将臣君も夕も、本当に残るんだね」
「…うん。私はこの世界で生きるよ」
龍神の神子としての役目が終わった望美は、元の世界に帰ることになった。
一緒に来た将臣君と譲君と私も戻れるみたいだけど…
私と将臣君は、この世界に残ることに決めた。
将臣君は、
清盛と尼御前の居ない平家一門を放っておけない。安徳天皇もまだ小さいし、俺はこれからもみんなと暮らしていく!
と言った。
私は…
「…夕、」
「知盛さん、」
愛しい人が、いるから。
知盛さんと一緒に生きたいから…だから、私はここで生きて、ここで死ぬことを決めた。
望美は泣きそうだったけど、知盛さんに笑いかける私を見て、笑顔で頷いてくれた。
「…うん。夕が幸せなら…私も嬉しいよ!」
「望美…本当にありがとう」
どちらともなく、私達は握手をする。
…とても大切な親友と、これでお別れだ。小さい頃からずっと一緒だった…大好きな望美。
この世界で、源氏と平家という勢力に別れても…私達の友情は壊れなかった。
お互いしっかりと手のひらを握る。
気付くと、二人とも泣きながら笑っていた。
「うぅ〜…夕…っ、元気でいでねっ…」
「の、望美もね…!ていうか鼻水垂れてるよ…」
「だっでー…」
わんわん泣き出す望美。私が笑いながら望美の鼻水を拭おうとしたら…
「…そろそろ離れろ」
「あ…」
知盛さんが、後ろから私を抱き寄せた。
望美は苦笑している譲君からハンカチを借りて鼻水を拭きながら、知盛さんを睨む。
「…夕を泣かせたら、許さないからね!」
「クッ…泣かせたお前が言うな」
「うるさい!もう…こんな奴のどこが良いんだか」
ふんっ、とそっぽを向いた望美。知盛さんは相変わらず私を後ろから抱き締めながら、小さく言った。
「…神子殿」
「なによ」
「運命を変えてくれた事に、礼を言おう」
「…」
「…サンキュー、で、合っているかな?」
将臣君の真似をした知盛さんに、望美はにっこり笑った。
「夕と…絶対に幸せになってよね!」
「…言われなくとも、必ずなるさ」
「じゃあ神子、いくよ」
白龍の言葉が響く。
望美と譲君の周りに、淡い光が輝いていった。
「望美、どうか元気で…!」
「朔…!今までありがとう!」
朔が泣きそうな笑顔で言う。みんな…みんな、二人をじっと見つめていた。
「龍脈が、五行が大地に戻っていく…」
白龍が小さく呟き、そして…
龍の姿になった。
「みんな…ありがとう!ずっと、絶対に忘れないから!」
望美と譲君は、白龍に包まれるようにして消えていく。
「望美…!」
「夕……ばいばい!」
いつも、遊んだ帰りにしていた…ばいばい。
望美は両手を上げて、大きく振ってくれた。
「…ばいばい……」
私のばいばいは、白龍と望美と譲君が消えた後に…小さく響いた。
――――数日後。
九郎さんが後白河法王に頼んでくれたらしく、平家は福原の屋敷にこれからも住むことを許された。
ただ…法王に返還しなければならない三種の神器の一つ、勾玉が無いらしい。
…きっと、以前清盛さんが惟盛さんに渡していた勾玉のことだろう。
法王はご立腹だったが、安徳天皇を帝と呼ばないという条件で、水に流してくれた。
これも全部、九郎さんのおかげだ。
熊野も、平家の水軍と協力して様々な国と貿易したいと言ってくれた。
…みんな、平家を助けてくれている。
だから…福原に戻ったあとも、私達は前と変わらない生活を送ることが出来ている。
「どうか、安らかに…」
屋敷の中の、一番綺麗な庭。
私はそこに、敦盛君のお守りを埋めた。
「敦盛君…ありがとう」
そっと手を合わせる。
私の幸せを一番に考えてくれた彼が、どうか、幸せになりますように…
「夕、ここに居たのか」
「…知盛さん」
知盛さんはお守りを埋めた場所を見て、小さく笑った。
「…人は輪廻する」
「輪廻?」
「姿形は違えど、また還ってくるということだ」
「…」
知盛さんは、ゆっくりと私を抱き締める。
「お前が…俺の元に還ってきたように」
「…はい」
「夕…」
「知盛さん…」
交わすキスは、たまらなく幸せに溢れている。
知盛さんの逞しい体に腕を回して、胸に顔を埋める。
「暖かい…」
「あぁ…」
「私達、生きていますね…」
「そうだ…」
「嬉しい…」
この世界に来たのも、私と知盛さんが一度死んだことも、そしてその記憶があることも…
全部、運命なんだろう。
何もかも知らないこの世界で知盛さんに出会い、恋に落ちて…
私は姫の生まれ変わりで。
全部、偶然に起きた奇跡だ。
「…もう、絶対に離さん」
「…私だって、離れません」
そう言って、二人で笑い合う。
「夕〜知盛〜!飯だぞ〜!」
将臣君の呼ぶ声。
「はーい!」
返事をして、知盛さんと手を繋いで歩き出す。
この暖かな温もりを…溢れんばかりの幸せを…
やっと、掴んだ。
今…
「知盛さん、私…とっても幸せです」
完
20110104