悲しい再会



「やめろ!」

「離して!」


知盛さんが囮になる。

それを聞いて、すでに御座船から切り離された退避船から飛び降りようとする私を将臣君が腕を掴んで止めた。


「もう御座船には戻れねぇ!」

「まだ間に合う!お願いだから離して!」

「だめだ!」


声を張り上げる将臣君を睨む。


「っ…なんでよ…なんで知盛さんを置いてくの?!みんなで逃げればいいじゃない!」

「誰かが源氏の目を引き付けねぇとすぐにバレちまうんだ!仕方ねぇんだよ!」


仕方、ない?

私は将臣君の頬を叩いた。

パチンと、乾いた音が響く。


「…仕方なくなんかない!こんなの、知盛さんを見殺しにするだけじゃない!」


将臣君は、今にも泣きそうなくらい、顔を歪めた。


「俺だって…嫌に決まってんだろ…!」

「…」

「でも…俺達の知る平家の未来を回避するには、これしか…!」


平家の、未来。

平家滅亡…


「…だったら、」

「…」

「私も知盛さんと一緒に、囮になる」


その言葉に、時子さんや藤子さんが身を乗り出してきた。


「何を言うのですか!何故に貴方まで…!」

「夕様!お止め下さい!」


二人に、私は黙って首を横に振る。


「…私、知盛さんを、もう絶対に一人にしないって決めたの。それに…伝えたいことがたくさんある」

「夕…」


じっと将臣君を見つめる。


「このまま無事に南に到着しても、もし元の世界に戻れても…私…絶対後悔する」

「…」

「…我儘言ってほんとうにごめん。でも私は、最期まで知盛さんと一緒がいい」


将臣君、ごめん。

だけど私は…知盛さんを見殺しにしてまで生きたくない。


「…」

「…敦盛君や、みんなの仇も討ってくる。私は大丈夫だよ」


笑って言うと、将臣君はため息を吐いて。そしてゆっくりと私を抱き寄せた。


「ったくよぉ…」


初めてギュッと、強く抱き締められる。今までたくさんの辛いことを独りきりで背負ってきた大きな身体が、震えている。


「…将臣君、」

「馬鹿だよなぁ…」

「…」

「この世界は、俺達の居た世界と全く違うのに」

「うん…」

「お前も、知盛も、みんなで。ずっと一緒に過ごせるんじゃないかって思ってた」

「…うん」

「本当に、俺は馬鹿だ」


苦しいくらい腕に力が入って、将臣君が泣いてるんだと気付いた。私はゆっくり離れて、彼の顔を見上げる。


「…ごめん、将臣君」

「…謝んな」


将臣君は私から離れて涙を拭い、退避船に備えられている小さな船を見た。


「…あれで御座船まで行け。適当に漕いでも、この距離だったら大丈夫だ」

「…ありがとう…」

「…夕、」

「…ん?」


将臣君は、私に向かって手を差し出す。


「…知盛を、頼む」

「…うん」


握手。

そして、みんなを見た。みんな悲しい顔をしていて。

私は頭を下げる。


「今まで本当に、ありがとうございました」


出来るだけ明るく言って、退避船を出た。



***





「…俺達は、何人もの犠牲の上に生きてる」


夕が行った後、俺はみんなを見渡しながら言った。


「知盛と夕が、おそらく最期の犠牲だ」


みんな、黙って俺を見る。


「…俺達は、あいつらが命がけで守ってくれた平家の為に、生きるぞ」


…知盛…すまねぇ。

昨日、お前が言ったこと。守れなかったぜ…



「夕だけは、必ず守ってくれ…最初で最後の頼み、だ」




御座船の方を振り返らずに、俺達は南へ向かった…




***





必死で船を漕いで、なんとか御座船に辿り着いた。垂れていた縄を引っ張り、入口を開けて入る。

その時、船の奥から声が聞こえた。急いで物影に隠れる。


「安徳天皇が見当たらないぞ!還内府もだ!」

「クソ…上は神子様方が片付けてくれる、逃げられたことを鎌倉殿に報告だ!」


源氏だ…!もうこんなところに…上には知盛さんがいる、早く行かなきゃ…!

私は刀を静かに抜く。源氏の兵は5人。この人数ならいける…!

一人の背後に回り込み、真横に勢い良く薙ぎ払う。他の兵が気付くより早く、一瞬で5人を殺した。返り血を少し浴び、私は急いで上に向かう。

ハシゴを登り、甲板に出た。

そっと船の周りを見渡すと…

私が入った入口の反対側に、何隻もの源氏の御座船が佇んでいた。

さっきの5人を、伝達する前に殺したから…きっと源氏達はここに平家が全員居るんだと思っているはず。

南を見ても退避船の姿は見えないから、ちゃんと逃げれたんだろう。

その時、甲板の向こうから音が聞こえた。


――――キィィィン!


「知盛!覚悟!」


刀の交わる音と、声。


「…知盛さん!」


音の方へと走り、見えた知盛さんの前に飛び出した。


―――キィィィン!


視界に、よぎる、紫苑の髪…


どうして、なんで。


こんな場所に、こんな形で。





「…夕……っ」

「…望、美……」


知盛さんに刀を向けていたのは、ずっと探していた友達…


大好きな親友の、望美だった。




20101126


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