朝からジリジリと太陽が照り付ける中、仙台よりも蒸し暑い都会の空気を全身で浴びる。
まだ埼玉なだけ涼しいらしいが、都会の涼しいの基準はいったい何なのだろうかと来るたびに思ってしまうのはこの暑さに体が慣れていないからか。
・・・いつか慣れるといいな。
「高宮は合宿に来るといつもより楽しそうだよな!」
この暑さの中でも自然と顔が緩んでしまっているのをノヤに指摘され、一瞬ドキッと心臓が跳ねた。
もしかして自分の気持ちがバレているのでは…
速まる鼓動を抑えながらノヤを見たが、本人何の気も無いのか「俺もワクワクしてるけどな!」なんて飛び跳ねながら田中の元へと駆け出して行った。
「もう、驚かせないで・・」
そりゃあ合宿の方がマネージャーの仕事も遣り甲斐はあるが、ノヤの様に強い相手と沢山練習できるから嬉しい!なんてバレーバカみたいな理由で浮かれられる程、私は単純じゃないから。
暑くても、休みが部活でつぶされても、朝早くから長時間バスに揺られても、それでも浮かれてしまう理由がバレているとしたら、そんな恥ずかしい事はない。
「「「「オナシャーーース!!」」」」
到着して体育会系独特の挨拶を響かせながら体育館に入るなり、つい彼を探してしまうのは最近の癖。
むさ苦しいほどいる大勢の男性陣の中でもすぐに見つける事が出来る彼は、今日も冷静に先輩たちをあしらっていた。
その姿を確認するだけでじんわりと熱くなる頬。
あぁ、やっぱり好きだ。
合宿に来るたびに自覚している彼への気持ちをそろそろどうにかした方が良いとは思っているが、中々伝える勇気なんてわかないまま、また次に来た時に・・と先延ばしにしてきた。
だが、もう夏休みも終わってしまうし、そうなれば次がいつ訪れるかわからない。
もう一度彼へと目を向ければ澤村部長に用でもあるのかこちらへ歩いてくるところで、視線が合わさった瞬間ふわりとほほ笑まれた。
「遠いところお疲れ様。またよろしく、高宮さん」
「っあ、赤葦くん!こちらこそよろしく!」
その笑顔で名前を呼ばれただけで苦しくなっている私は気持ちを伝える事なんてできるのだろうか。
なるべく平常心を装いながら言葉を交わし、ボロが出ないうちにその場を離れてしまうなんて本当に情けない。
せっかくの会話を自ら断ち切ってしまう自分の弱さに泣きたくなってくる。
グチャグチャした感情のまま荷物を置きマネージャーの仕事へ就こうとすると、目の前にスッと飴玉が差し出された。
「・・・清水先輩??」
「葵ちゃん、とりあえず落ち着こうか」
甘いの食べると落ち着くからと手渡されたいちごみるく味の飴玉をそっと口へと運ぶ。口の中でじんわりと広がる甘さは優しくて、確かに少しばかり落ち着きを取り戻せた気がした。
しかし、清水先輩が飴を差し出したくなるほど挙動不審だったのだろうか。コロコロと飴玉を舌で転がしながら清水先輩を見つめると、クスッと温かい笑顔が向けられた。
「次に赤葦さんと話す前にも食べておくといいかもね」
そう言いながらもう一つ飴を私の手に乗せた清水先輩に、一瞬にして思考が止まった。
自分の気持ちは誰にも話していないはずなのに、何故ここで赤葦くんの名前が出てくるのだろうか。
「しししし清水先輩!?えぇ!?なんでっ!?」
「フフ、葵ちゃん分かりやすいから。頑張ってね」
頑張ってねって事は私の気持ちなんて全てバレてしまっているということで、どこか楽しそうに作業へ向かう清水先輩の後ろで、仁花ちゃんまでもがガッツポーズを私に向けていた。
隠していたつもりだし平常心を装っていたはずなのに、いったい私はどれほどわかりやすいというのだろうか。
ノヤは鈍そうだから気付いていないだけで、もしかしたら他の人は気付いているんじゃないかと不安になるが、怖くて皆の顔を確認する事は出来なかった。
清水先輩に新しく貰った飴玉をジャージのポケットに入れ、誰とも顔を合わせないようにしてスクイズボトルを手に外の水飲み場へと走る。
他校のマネージャーさんたちは既にドリンクを作り終えているのか、水飲み場に誰もいない事を幸いに落ち着かない感情を吐き出すように奇声を発してみるが、あまり効果はなかったようだ。
熱くなる顔も、湧き上がり続ける羞恥心も治まってはくれず、とにかく落ち着かなくちゃとタオルを持ってくるのを忘れたにも関わらず勢いよく顔を洗ってみる。
真夏の日差しで温まったのか少しぬるい水が顔と髪を濡らしたけど、結局心境が変わる事は無かった。
「はぁぁぁど〜〜〜しよ〜〜〜」
「まずは拭いた方がいいんじゃない?」
一人しかいないと思って吐き出した叫びに対して良く知った声が掛かり、びしょ濡れのまま振り返れば案の定、今一番会ってはいけない赤葦くんの姿がそこにあった。
彼の手にはタオルが握られていて、まだ使っていないからキレイだと言って私の手にそのタオルを握らせる。
普段だったら申し訳ないし「大丈夫」と断るところだが、あいにく大丈夫じゃない頭は目の前のタオルを受け入れ、何も考えずに顔を埋めた。
途端、カバンに入れていたせいか洗剤に混じって赤葦くんのニオイが鼻をくすぐり、ふと我に返ってしまった。
今、私はなんで赤葦くんのタオルを遠慮なく使っているんだ・・・・?
直ぐ近くに感じる赤葦くんの気配のせいで、タオルから顔を上げる事が出来ずに硬直してしまう。
息を吸う度に取り込まれるニオイを意識してしまい、呼吸の仕方すら怪しくなってくるがどうしていいかわからず、酸欠で全身がプルプルと震えだした。
「ッフハ!!・・ちょっと高宮さん面白すぎ、、、ククっ」
「っっっ?!あ、あああか、あああし、くん?」
突然沸き起こった笑い声に慌てて顔を上げたが、慌てすぎて赤葦くんの名前を呼ぶだけで盛大にどもってしまい、さらに彼の笑いを誘ったようだ。
酸欠だった私以上に震えながらお腹を抱えて笑う赤葦くんが珍しくて、恥ずかしいながらもそんな彼を見つめてしまった。
いつもより幼く見えるその顔に少しだけ親近感を抱いたからか、ガチガチ硬直していた体と思考が緩んでいく。
「ぅう、、、、そんなに笑わなくても・・」
「ハハッ、ごめん。高宮さんがあまりにもわかりやすいから」
本日二度目の台詞が突き刺さる。
今まで思ったことなかったけど、私ってそんなに顔や行動に出てるのかな??
無意識に頬を触る手が正にそうだとは知らず、未だに笑っている赤葦くんを恨めしい目で見つめる。こんなに挙動不審なのは赤葦くんのせいなのに。
「そんな顔するから、みんなにバレるんだよ」
「え?」
口角を上げたまま意味深な事を言って近づいてきた赤葦くんは、その手を伸ばし私の手を掴んだ。
されるがままで立ち尽くす私の手の中からタオルを抜き取り、ゆっくりと離される手。
「部活の時ないと困るから返してもらうね」
そうですね。そのために持って来たタオルだもんね。
でも!!!!返してほしいならそう口で言って下さい!!!!
そう叫びたいのに驚きすぎて言葉がのどに詰まってしまい、一度開けた口を音を発せずに閉じた。
「フフ、こんな時こそ貰った飴の出番じゃない?」
持ってたよね?とポケットを指さされ、誘導されるように飴玉を取り出す。
確かにさっきはこれ舐めたら落ちつけたな、っと包みを開けようとしたが、先程の清水先輩との会話を何故赤葦くんが知っているのかと本日何度目かの驚きで赤葦くんの顔を見上げた。
「高宮さんわかりやすいから俺も意識するようになっちゃって。気付いたら目で追う様になってたからさっきのも聞こえちゃってね」
そう言いながら開きかけだった飴玉を取り出し、私の口へと運んだ赤葦くんの指が唇に触れた。
口の中に優しい甘さが広がったけど、さっきの様に落ち着くことなんてできず、瞬きも忘れて赤葦くんの眼を見つめ返す。
「あれ?気付いてなかった?結構わかりやすく接してたつもりなんだけど」
分かりやすい態度って何?どういうこと?
赤葦くんが私を意識して見てて、清水先輩との会話も聞いてて、それで飴玉食べさせられて。
全然整理のできない頭は先程の出来事を一つ一つ振り返るだけで、何かと結びつける事が出来ずに混乱を招くだけ。
私が理解できていないのを感じ取ったのか「言わないのは卑怯だよね」と言いながら赤葦くんが再び私の両の手を握った。
「俺はキミがすきです。俺と付き合ってくれませんか」
私が言わなくちゃと思い続けていたセリフが赤葦くんの口から私に向けられている。
両手から伝わる赤葦くんの熱が感じられないくらい火照った体はきっと真っ赤になっていることだろう。
嬉しすぎてじわじわと溜まっていく涙で目の前の赤葦くんの顔がぼやけていく中、絞り出すような声で「はい」と伝えるのがやっと。もっともっと赤葦くんが好きだと伝えたいのに、手を握り返すので精一杯だ。
「うん、良かった。わかっていたけどやっぱり緊張するね」
俺もそれ貰っていい?っと俯かせていた顔を覗き込まれ、そのままゆっくりと近づいてきた唇が私の唇と重なり合った。
忘れていた甘さが赤葦くんと私の間に広がる。
これからはこの飴をなめても落ち着くなんてできないだろう。
きっと見るたびに今日の事を思い出してしまうから。
あい様、こんにちは。この度はリクエストありがとうございました。
烏野マネージャーで両片思いの二人をリクエストいただきまして、まず赤葦の難しさに自分の技量の無さを嘆きました。
どうしても敬語じゃない赤葦を書こうとすると赤葦じゃなくなっているようで不安ですが、思い描いて下さっていたもからかけ離れてはいないでしょうか?
赤葦は確信を持ててから告白しそうなイメージだったのでこのような展開になってしまいましたが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
いつも来て下さっているという温かなメッセージも頂き、管理人二人して喜んでおります!更新マイペースですが、これからもあい様に楽しんでいただけるような作品を書いて行けたらと思っていますので、末永く宜しくお願い致します。
本当に本当に、いつもありがとうございます!
write by 朋