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バカな男ほど愛おしい

 男の子って、バカだと思う。ちょっと悪いことするのがカッコいいとか思ってるし、譲れないものとかプライドとか変なところ頑固だし、よく分からないことに全力でぶつかっていくし。振り回されるこっちの身にもなってほしいと思うけれど、そんな男の子が好きな私もまた、バカなんだろう。
 私の好きな男の子は中学生のくせにしょっちゅう喧嘩はするし、髪の毛を脱色したりバイクを乗り回したり、挙句の果てには友達と一緒に暴走族のチームを創ってしまうような、ちょっと悪いどころかかなりの悪さをしてる――でも、すごく優しい人だった。

 私が彼、三ツ谷隆のことを好きになったのは小学生の時。何度か同じクラスになったことはあるけれど、特別仲がいいわけでもない。そんな立ち位置が変わったのは、近所の公園で幼い妹たちと一緒に遊ぶ彼と会った時だった。一人っ子の私は妹に憧れていたのもあり、顔見知りの彼を見つけるや否や「一緒に遊んでもいい?」と声を掛けたのだ。初めは訝しげな視線を向けられたけれど、本当に遊びたいだけだと分かったのか許してくれて、その日は時間を忘れるくらい楽しく遊んだのを今でも覚えている。
 学校で顔を合わせれば言葉を交わして、公園で合えば一緒に遊ぶ。一緒にいる時間が長くなるほど仲良くなり、暑い日や雨の日には彼の家で遊ぶまでになった。忙しいお母さんの代わりに家事をする隆くんと、隆くんの邪魔にならないようにルナちゃんとマナちゃんと遊ぶ私。いつしかそれが日常になっていったのだ。


「隆くんってカッコいいよね」
「そうか?」
「うん。他の男子みたいに変なこと言ってからかってきたりしないし」
「ふーん」
「クラスの女の子もみんなカッコいいって言ってるよ」


 小学生の女の子が淡い恋心を抱くのにも理由がある。優しいから、かっこいいから、頭がいいから、背が高いから、足が速いから、強いから。なにか突出したものがあれば目立つし、目立てば目立つほどに人気も右肩上がりだ。
 三ツ谷くんって、クールでかっこいいよね。怖いけど優しいよね。クラスの子から隆くんの名前が出るたびに複雑な気持ちになったのは、私も隆くんのことが好きだから。いつからこの気持ちが芽生えていたのかは分からないけれど、隆くんの優しさを感じるたびにドキドキして、笑顔を見るたびに胸がぎゅっと締め付けられる。これが好きっていうことなんだって思い知らされた。
 だから、聞いてみたかったのかもしれない。クラスの女の子たちの噂話を口にしたとき、隆くんがどう反応するのかを。


「オマエは?」
「え?」
「葵はオレのことどう思ってんの?」


 でも、まさか聞き返されるなんて思ってもみなかった。しかもいきなり確信にせまってくるどストライクだ。その問いを躱せるほど大人じゃなかったし、誤魔化せるほど器用でもなかった私は、少しだけ迷ったあと、意を決して言葉を紡いだ。


「……す、好きじゃなかったら一緒にいないよ」
「っ、ハハ! だよな!」
「……隆くんは?」
「オレも、好きじゃなかったら一緒にいねーよ」


 その時の隆くんの笑顔と、頭を撫でてくれた優しい手は今でも忘れられない。彼氏彼女だとか付き合うとかそんなのはまだよく分からなくて、ただ好きだから一緒にいた。男の子にからかわれることもあったけど、隆くんはとひと睨みしただけであしらってしまうから私も堂々と隣にいれたんだ。
 隆くんとルナちゃんとマナちゃんと過ごす時間は本当に楽しくて、ずっとずっと続いてほしかったし、ずっと続くものだと思っていた。


「え? ……どういうこと?」
「ダチと東卍ってチーム創った」
「……うん」
「これからモメることも増えるだろーし、オマエを巻き込みたくねぇ」


 だからもう一緒にはいられない。隆くんにそう告げられたのは、中学に上がって間もなくのことだった。
 珍しくうちに来た隆くんの表情を見て嫌な予感はしていたけど、まさか別れ話をされるなんて思ってもみなかった。ううん、そう思いたくなかっただけかもしれない。だって、中学に入ってからの隆くんは少しずつ変わっていったから。まだ免許なんて取れるはずないのにバイクに乗ったりしてたし、出かけることも増えた。私の知らない男の子とすごく楽しそうな顔で話していたのを見た時、すごく不安になったんだ。いつか、置いていかれるような気がして――。


「そんな……急に言われても」
「……悪ィ」


 声帯が機能しなくなったかのように声が出なくて、視線が下へと落ちていく。やっとのことで絞り出した言葉にすら謝られてしまえば、もう終わりなんだと認めざるを得なかった。
 あの楽しかった時間も、隆くんの隣を歩くことも、もう無いんだ。そう思うとみるみると涙がこみ上がってきて、ぼろりと玄関のタイルへ落ちていく。
 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。別れたくない、もっと一緒にいたい。許されるなら、小さい子みたいに床に這いつくばって駄々を捏ねて困らせてしまいたい。けれど、ひくりと引き攣る喉はうまく動かなくて声を出すことすら難しかった。
 いっそのこと、嫌いになったって言われれば諦めもつくのに。嘘でもそう言ってくれればいいのに。嘘をつかない隆くんの優しさが、今の私には酷だった。


「……葵」


 ぼんやりと滲む視界の中で、隆くんの手がこちらに伸ばされるのが見える。でも、直前で躊躇うように止まり、私に届くことなくぱたりと落ちた。
 ――ああ、そうか。もう隆くんに触れてもらえないのか。笑った時も怒った時も呆れた時も、しょうがないなとでも言うようにぽんっと頭の上へ落される手が好きだった。初めて想いを告げた時みたいに優しく撫でる手が好きだった。けれど、もうその幸せを感じることはないんだ。泣いても困らせても、何を言ってもきっとそれは変わらない。その結論にいきつくと、ぐちゃぐちゃだった感情がすぅっと引いていった。


「……わかった」
「ごめんな」
「もう、分かったから……」
「ん」


 震える息を吐き出してこくんと息を呑んだ後、やっと音になった声で了承すれば、苦虫を噛み潰したような顔でまた謝られる。隆くんが言い出したことなのに、なんでそんな顔するの? 後悔してるみたいじゃん。そう問いただしたくなるのをぐっと喉の奥で堪える。


「私、成長期なんだよね」
「? だろうな」
「これからもっとイイ女に成長する予定だから、隆くん、きっと後悔するよ」
「……かもな」
「隆くんのバーカ!」


 べ、と舌を出して茶化すように毒づいたあと、表情筋を駆使して無理矢理にっこりと笑顔をつくる。まだまだ子どもな私の、ちょっとした意趣返し。珍しくくるりと目を見開いた隆くんに背を向けて、玄関の扉を閉めた。
 これで、終わっちゃったんだ。そう思った途端、止まっていたはずの涙がまたぼろぼろと流れ落ちてきたけど、もう我慢しなくてもいいよね。次から次へと思い浮かぶ隆くんと過ごした思い出が、ぜんぶ涙と一緒に流れてしまえばいいのに。どうしてなに一つ消えてくれないんだろう。

 その日を境に、隆くんと言葉を交わすことはぱたりと無くなった。同じ中学だし近所だし、完全に接点を無くすのは無理だけど、もう隣を歩くことはない。急に距離を置いた私たちに不自然さを覚えたのかクラスメイトから別れたのか聞かれたが、一度肯定してしまえば瞬く間に噂が回り、あっという間に私たちのことが周知となった。
 他にも学校内では様々な噂が飛び交っていた。中でも一番多いのが東京卍會≠セ。隆くんが友達と創ったらしいチーム。マイキーとかドラケンとか、隆くんの口からよく聞いた名前もあったから、きっとその人たちと創ったんだろう。東卍が黒龍を潰しただのマイキー最強だの、微笑ましいものから俄かに信じがたい物騒なものまで噂は多岐に渡ったけれど、学校で見かける隆くんが怪我をしていることもあったから、信憑性は高いのかもしれない。隆くんと一緒にいた時はくだらない噂ばかり流されていただけに、ちょっと驚きだ。
 噂は族関係だけじゃなく、私生活にも及んでいた。さすがに手芸部の部長になったと聞いた時は驚いたし、ちょっと笑ってしまったけど。でも、昔から隆くんは器用で裁縫とかも得意だったから納得だ。あと、一番聞きたくなかった恋愛関係のものもあったけれど、隆くんに告白したという話は何度かあっても彼女が出来たという噂はただの一度も聞かなかったので内心ホッとしていた。
 私はまだ隆くんが好きなんだろうか。怪我をしていたら心配するし、楽しそうに笑っているところを見ると視線を逸らせなくなってしまう。知らない女の子が隆くんの隣に並んで、あの笑顔を向けられることを想像すればちくりと胸が痛んだ。これが恋愛感情なのかただの幼馴染としての独占欲なのか、月日が経つにつれて自分でもよく分からなくなってしまった。


「東卍、やばいらしいよ」


 そんな噂が飛び込んできたのは中学三年の時だった。色々な族と断続的に揉めているらしく、把握しきれないくらいたくさんの名前が飛び交う。傷害事件。逮捕。少年院。中でも東卍の隊長が亡くなったという噂には血の気が引いた。まさか、隆くんじゃないよね。隆くんじゃありませんように。噂を耳にするたび、何度そう祈ったか分からない。不安だけがどんどん募っていくのに、なにも出来ない自分がもどかしかった。なに馬鹿なことやってるのって、危ないことはやめてって。嫌われたっていいから隆くんに言えばよかったのかもしれない。そうすれば、隆くんのあんな姿を見ることはなかったかもしれないのに――。


「葵ちゃん! 助けて!」


 ルナちゃんとマナちゃんが血相を変えてうちに駆け込んできたのは、中学生活も終わりに近づいてきた時だった。ちょうど天竺≠ニいう名前が広がり始めた頃だ。二人の顔を目にしてついにこの時が来てしまったのかと絶望にも似た感覚が胸の奥から全身へ広がっていく。私の方が歳上だし二人を落ち着かせないといけないのに、呆然として立ち尽くしたまま動くことができない。血の気が引いて冷たくなった指先が微かに震え、緊迫感から大きく脈打つ鼓動が耳の奥へと響いてくる。なんとか二人に家で待つように伝えると、財布と携帯を掴み総合病院へと駆けだした。


「隆くん……」


 真っ白いベッドに似つかわしくない黒の特攻服が横たわっている。頭に巻かれた包帯でよく顔が見えないけれど、綺麗に脱色された髪は間違いなく隆くんのものだ。これは、現実? ふらふらと手繰り寄せられるように傍に近づき、投げ出されている手をすくい上げる。


「……ふ、っ」


 温かい。触れているところからじわりと伝わる温もりが現実だと教えてくれるようで、実感した瞬間に涙がこぼれ落ちた。別れたあの日以来、泣いたことなんて無かったのに。隆くんが関わると感情が揺さぶられてコントロールが出来なくなってしまう。
 隆くんの手、たくさん擦り切れて、こぶしの部分が赤く腫れ上がってる。私の知ってる細くてきれいな手じゃない。大きさも、骨格も昔とは違って男の人のもの。きっと、いっぱい闘ってきたんだよね。たくさんの噂を聞いて、巻き込みたくないって言った隆くんの言葉、分かったよ。守ってくれてたんだって、時間は掛かったけどちゃんと理解できたんだよ。ぎゅうっとその手を握りしめると、力の無かった手がぴくりと反応を示した。


「……っ、」
「隆くん、気づいたの?」
「……葵? ここ……病院、か?」
「そうだよ、ルナちゃんとマナちゃんが知らせてくれたの」
「……そうか」


 イテテ、と呻きながら体を起こそうとする隆くんを慌てて押し止める。


「まだ起きちゃダメだよ。ナースコールするね」
「いや、大丈夫」
「でも目が覚めたって伝えた方が……」
「いい。早く行かねぇと」


 え? 行くって、どこに? そう問いかけようと隆くんを見れば、その瞳は窓の外に向けられていた。ここからじゃ何も見えないはずなのに、まるで何かが見えているみたいに強い眼差しを向けている。


「バカ!」
「……」
「隆くんのバカ!」


 こんなに怪我してるのに、まともに歩けるかすら分からないのに、なにを言ってるんだろうこの人は。そう思うと、ぶわりと感情が溢れてきて止まっていたはずの涙がまた流れ出した。心の中ではたくさんの言葉があるのに、どれもカタチにならなくて浮いていく。バカ、バカ、とひたすらその二文字を繰り返しながら、次から次へと流れ落ちる涙を拭うこともせず、隆くんが離れていかないように握ったままの手に力を入れた。


「変わんねーな、オマエは」


 そんな私の拘束からするりといとも簡単に抜け出した隆くんの手が、やさしく頬をなぞる。拭いきれなかった涙が散ったけれど、それに構わずぽんっと頭の上にのせられた。


「ふぅ、ぅ……っ」
「泣きすぎ」
「誰、のせい……よ」
「オレだろーな」


 私の好きだった手。するりするりと撫でていく、大好きな手。こんな時なのにまた触れてもらえたのが嬉しくて。あの頃と変わらない触れ方が愛しくて。心の奥に押し込めていた気持ちが波のようにどんどん押し寄せてくる。
 ――好き。ずっと、好きだった。隆くんの一番近くにいたいという強い独占欲は幼馴染としてのものじゃない。自分で自分の気持ちを誤魔化していただけで、あの頃からなにも変わっていなかったんだ。ううん、あの頃よりももっと、もっと好きになってる。


「来てくれてありがとな」
「あんまり、心配させないでよ」
「……なぁ、葵」
「ん?」


 やさしい手に宥められていると、不思議と涙が引いていく。柔らかい響きを含んだ声は私の記憶のそれよりも低くなっていて、名前を呼ばれるだけでどきどきした。
 何を言われるんだろうか。若干緊張しながら続きを待つが、隆くんは口元に笑みを浮かべたまま黙ってしまって、静かな病室に沈黙がおりる。それに首を傾げつつも、続きを促すことはせずアメシストのような瞳を見つめ続けた。


「待っててくれっつったら怒るか?」
「……え?」
「全部終わったら迎えに行くから、待っててほしい」
「……今更それ言う?」
「オマエ、マジでイイ女になってっからさ。正直めちゃくちゃ後悔してた」
「だから言ったじゃん」
「ホントそれな」


 お互い笑うと、重苦しかった空気まで弾けたように感じる。明確な言葉はないけれど、それだけで十分伝わるのは過ごした時間の長さだろうか。
 その言葉、あの時に聞きたかったよ。今更遅すぎるよ、バカ。なんて心の中で毒づいてみても、断る選択肢が出てこないあたり私だって同類だ。


「いいよ……待ってる」
「え、マジかよ?」
「でもちょっとだけだからね」


 ニッと嬉しそうに破顔する顔はどこかあの頃を彷彿とさせて、つられるように私も笑う。けれど、ずっと緩く頭を撫でてくれていた手が止まり、グッと強く引き寄せられた瞬間、目を見張った。
 目蓋を閉じる暇もないまま重ねられた、柔くて熱い唇。カサついた感触と微かな血の味がするそれに、キスされていると自覚したのは唇が離されて一呼吸置いた後だった。


「――約束な」
「っ、バカ!」
「痛ぇ」


 隆くんが怪我人だということも忘れて頭を軽く叩くと、逃げるように病室を後にする。もちろん、最後に振り返って舌を出すことは忘れずに。

 隆くんがこれからどうするのかは分からない。本当は今すぐに引き止めたい。まるであの時の繰り返しだけれど、迎えに来るって隆くんが言ったから。その言葉を信じて待ってみよう。
 そして、迎えにきてくれた時、言ってやるんだ。


「遅いよ、バカ!」


 ってね。その時はもう離れないようにぎゅうぎゅうに抱きついて、うんと困らせてしまおう。私の気持ち、全部聞いてもらおう。
 だから、早く迎えに来てね。



リべ読了記念!アニメ化する前はレンタルで読んでたんですが、読み返したくなって大人買いした結果三ツ谷とマイキーにおちました……ドボン。好きなように書いたのでめちゃくちゃ楽しかったです!高校生三ツ谷くんもすごい好みなので……この続きをいつか書けたらな……という願望あります笑

write by 神無
企画サイト nighty-night様へ提出


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