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マカロナージュ

 今日、時間あるか? お昼休みに受信した一通のメッセージ。突然のお誘いは珍しく、首を傾げながらもすぐさま文字を打ち込んでいく。今は比較的仕事も落ち着いているし――例え忙しかったとしても必死で終わらせるが――槙くんからの誘いを断るはずはなかった。


「お疲れ」
「槙くんも、お疲れさま」


 機嫌が良いのが顔に出ていたからか、午後は目敏く察した同僚たちに揶揄われながらも定時のチャイムが鳴ると同時に退社した。わざわざ迎えに来てくれた槙くんの車の助手席に乗り込めば、彼の香りがふわりと鼻腔を擽る。もう慣れたはずの香りに落ち着く気もするし、ドキドキと落ち着かなくなる気もする。


「今日はどうしたの?」
「……大した用じゃないんだけど」


 そんな気持ちを誤魔化すように口を開けば、珍しく煮え切らない言葉が帰ってきて首を傾げた。
 信号待ちで停車すると、後部座席へ手を伸ばした槙くんの手には小さな紙袋。はい、と渡されたそれを反射的に受け取ってしまったけど、これは私へという事でいいんだろうか。


「これ……」
「今日客先への手土産買う時に見つけて……葵が好きそうだと思ったから」
「嘘っ、ありがとう」


 紙袋を見た時、もしかしたらと思った。そのロゴは私でも知っている売り切れ必至の有名店だったからだ。確か看板商品は――。


「うわぁ、かわいい!」


 透明なパッケージから見えた色鮮やかなそれらは、正に今頭に思い浮かんだものと一致していたが、想像以上の可愛い見た目につい感嘆の声が漏れ出た。様々な色のころんとした小さな楕円体――マカロンだ。


「ありがとう! すっごく嬉しい」
「ん、良かった」


 自分では滅多に買わないし、かといって貰う機会があるわけでもない。だからだろうか、見ているだけで気分が上がってしまう。かわいい、すごい、おいしそうとマカロンを見つめながらそんな単語ばかりを繰り返していると、隣でふはっ、と吹き出す音が聞こえた。


「そんなに?」
「っ! ご、ごめん。騒ぎすぎだね」
「いや、いいけど。気になるなら一つ食べてみれば?」
「でも……」


 きっとこれから食事だろうし、その前にお菓子を食べるのはどうなんだろう。そう思いつつも、許可をもらってしまったら目の前の誘惑から逃れる事は難しい。心の中の天秤が大きく傾き、一応悩む素振りを見せながらも細いリボンを解くのに時間は掛からなかった。
 赤い色のマカロンを一つ取り出して、じっくり見てから小さなそれを小さな口で一口齧る。表面のさっくりとした感触の後にしっとりとした生地。咀嚼すればベリーの味が口の中いっぱいに広がって、おいしい、と声にならない声が漏れ出た。
 甘すぎるくらい甘いけど、仕事で疲れた後にはむしろちょうどいいかも。そう思いながらもう一口齧れば、信号待ちをしている彼がじっとこちらを見ているのに気が付いた。


「どうしたの?」
「美味い?」
「うん! ベリーの味がしっかりしててすごくおいしいよ。槙くんも食べる?」
「俺はいい」


 もしかして槙くんも食べたいのかと思ったけど、違ったらしい。信号が青に変わり、再び車が動きだすと当たり前に視線も逸らされた。整った槙くんの横顔を眺めつつ最後の一口を口に放り込めば、再び口の中から幸せが広がっていく。視覚も味覚も幸せで、仕事の疲れなんてどこかへ吹き飛んでしまい、心の中が温かいもので満たされていくようだった。


「ん?」


 まだ口の中にある甘さの名残を堪能していれば、カチ、カチ、とウインカーを出しながら道路脇へとゆっくりと停車した車。何かあったのかと首を傾げたのも束の間、ハザードボタンを押したその手が伸ばされて、私のうなじへと触れる。


「っ、ん……」


 ぐっと引き寄せられ、視界いっぱいに槙くんの顔が映る。身構える間もなく、柔らかい温もりに唇をふさがれた。驚きと恥ずかしさがないまぜになって、口から飛び出てくるんじゃないかと思うくらい心臓が暴れまわっている。
 びっくりしたけど、嫌なわけじゃなくて。優しく触れる唇を受け入れていたけれど、唇を割って侵入したきたものにびくっと肩が跳ねた。


「ままま槙くん!?」
「甘いな、これ」
「いやいやいやいや」


 そんなに長いキスじゃない。でも、ほんの一瞬、離れる間際にくちゅりと悪戯に絡んできた舌に一気に体温が上昇した。しかも、甘いなって何? いらないって言ったは槙くんなのに、そういう確かめ方する!?
 狼狽える私なんてお構いなしに発進した車は、動揺の欠片も見られないくらいスムーズでちょっと悔しかった。


「……急には、びっくりするよ」
「ははっ、ごめん。幸せそうに食べてるの可愛くて」


 我慢できなかった。そう続けられた言葉に、心臓がぎゅうっと鷲掴みされたように苦しくなる。過剰運動の末に停止しそうだ。


「ああ、もう……無理」
「なにが?」
「かっこよすぎて、無理」
「ふはっ、真剣な顔して何言うかと思えば」
「笑いごとじゃないから!」


 もう口の中に甘さは殆ど残っていなかったはずなのに、急にどろりと甘くなったような気がして、喉に絡みつき胃が重たくなる。車内の空気すらも甘くなったように感じた。
 ああもう、こんなに幸せでいいんだろうか。短時間で急激に幸せを摂取した反動で、この次に何か恐ろしいものが待っているんじゃないかとさえ思ってしまう。
 相変わらず笑いながら運転してる槙くんだけど、ちらりともこっちを見ないし、少し頬が赤くなってるの、気づいてるんだからね。かわいいって言ったら怒るから言わないけど。マカロンよりも甘かった、って言ったらどうする? 照れるかな? 呆れるかな?
 答え合わせは、次の赤信号で――。




stmy…今の沼です。ついったーにあげてたものを少し修正してのせました。
推しが居すぎて毎日楽しいです!笑
write by 神無



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