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怪しい逢瀬

「ハァ〜イ葵ちゃん、久しぶり」


朝早くから突然現れてへらへらと口元に笑みを浮かべながら手を振る男性を前に自然と眉に力が入る。
黒ずくめの服装で目元を隠した人なんてただの不審者にしか見えないのだが、これが知り合いなのだから対応せざるをえない。朝の出勤時間帯のせいで周りの注目を浴びていることを張本人は全く気にしていないが、私は気になるのでため息が漏れてしまうのも仕方がないと思う。


「また来たんですね、五条さん」
「君に会いたくなったからね」
「よく言うよ…」


不意に現れては私を揶揄うだけ揶揄って去って行くこの五条悟という男と知り合ったのは何年前のことだったか。始めは不信感しかわかず警戒心をむき出しにしていたが、彼が私に会いに来る理由を知ってからは見方が変わった。
実際のところは理解しきれていないのだが、どうやら私は悪いモノに好かれる性質らしい。そのままにしておくと私の周りの人に被害が出てしまうので、定期的にその悪いモノとやらを払いに来ているのだという。
もっともこの話しはこの男からではなく、代理できたといった別の人から聞いたのだけれど。それももうずいぶんと前の事なのでその代理の人の顔は忘れてしまったが。


「とりあえず移動しましょう。私はSNSのネタになりたくない」
「いつも気にしすぎじゃない?」
「五条さんが気にしなさすぎなんです」


少し強めに言い放ち、了承を得る前に歩き出す。五条さんのペースに合わせていたら碌なことにならないのはすでに経験済みだ。こんなつれない態度を取ろうが彼から笑みが消えることはなく、むしろ楽し気に唇が弧を描くのだからこちらの眉間のしわが深くなる。長年会っているとはいえ素性のしれない男だけど、この人はきっとわざと危ない橋を渡るタイプだと思うんだよね。
それなのに、いつからかこんな危険な男が会いに来てくれる日を楽しみにしているなんて。私はどうかしている。


「そんなに僕と二人きりになりたかったの?」


私を揶揄う為の言葉に一々踊らされてたまるか。そう思うのに、冗談ですらときめく私の心はなんてわかりやすいのだろうか。
人気のない路地裏で二人きりなのだからなにかしら起こってもいいかもしれないけれど、生憎そういった雰囲気になったことは一度もない。これからよくわからない悪いモノを払おうとしているのだから当たり前なのだけど。


「五条さん的には二人きり、ではないんじゃないですか?」
「まーね。今日もたくさん引き連れてるからね、君。嫉妬しちゃう」


嫉妬しているなんて微塵も感じられない口元は素敵な弧を描いたまま。私が物事を理解する暇もないまま、あれよあれよという間に全てを終わらせてしまう。
もっとも、私にはその悪いモノとやらは見えないし感じることもない。周りに寄って来ているからと言われても多少体がだるいような気がする程度で、私生活に支障はないのだから払われても何がどうなったかなんてわからないのだけど。
それでも私のせいで周りに被害が出るとか言われてしまえば、その可能性は摘んでもらいたいものだ。


「はい、終了」
「いつもありがとうございます」
「どーいたしまして。今日のお礼はどーしよっかな〜」


そう言って勿体ぶって悩んだふりをしているが、いつもコンビニで買える200円程度のものしか言わないことは知っている。そして、それよりも高い物を私に買ってくれるのだからお礼になったためしがない。
今日も彼の口から出た要望は甘いミルクティーで、近くのコンビニで購入して渡すと代わりに私の好きなチョコレートの新作が手渡される。


「それ好きでしょ」


さっきのコンビニで買った形跡はなかったからわざわざ持って来ていたのだろう。ほんと、こういうことをサラリとするからタチが悪い。このシリーズが好きだなんて言った事、一度もないのに。
照れ隠しも兼ねて「五条さんも食べたかったんでしょ」なんて可愛くない事を言いながら貰ったばかりのチョコレートを一つ彼へと手渡す。甘いミルクティー片手にチョコレートなんて歯が痛くなりそうだけど、甘党の彼には平気な様でその場で口の中へと消えていった。


「そんじゃ、また葵ちゃんが寂しくなったら会いに来るよ」


そんな適当なことを言って立ち去っていく彼の後姿はいつもすぐに消えてしまうから余韻に浸る暇すらない。
いつも数分で終わってしまう逢瀬。次に彼が現れるのは数か月先になるだろうから、またしばらくは変哲もない日常が続く事になる。私にも悪いモノとやらが見れたのなら、もっと彼に近づけただろうか。
貰ったチョコレートを口へ放り込むと、いつもよりも少し苦いカカオの香りが広がった。


「あーあ、もう五条さんに会いたくなってきた」


先程見送ったばかりの彼の姿が懐かしく思えるほど彼に惹かれてしまっているくせに、何年も変えることのできないこの関係はいつか変わる日がくるのだろうか。もし少しでも可能性があるのならば、次に会った時に連絡先でも聞いてみようか、なんて淡い期待を抱きながらいつも通りの平日へと戻った。つもりだったのに…。


「……なんでまたいるんですか」


仕事帰りに今朝五条さんとあった場所を通りかかれば、数か月先にしか会えないだろうと思っていた彼の姿がそこにあった。夜に見る黒一色の服装はやっぱり不審者でしかなくて、いつか通報されるのではと心配になってしまう。


「葵ちゃんが寂しそうにしてたから」
「その冗談はいらないから」
「冗談じゃないと思うけどなー」


そう言いながらこちらを見る彼と視線が交わることは決してないのだけれど、隠された瞳になぜかすべてを見透かされているような気がした。飄々としていてつかみどころのない男だけど、時々恐怖にも似た圧力を感じる時がある。お祓いとかやってるくらいだし、一般人とは違う何かを持ち合わせているせいもあるのだろう。


「とりあえず移動しましょう」
「あっ、ちょっと待って。今日は場所変えるよ。いつも同じところでデートなんてつまらないでしょ」
「デートじゃないから別にいいです」
「僕が嫌なの。ほら行くよ」


わざわざ待っていたのに置いて行くのかと思うほどさっさと歩きだす五条さんを慌てて追いかける。リーチの差で常に小走りじゃないとついていけない事に気が付いているくせに速度を落としてくれない意地悪な彼には後でパンチでもお見舞いしよう。
それなりの距離を小走りし続けた私は、河川敷についたころにはすっかり疲労していてたまらずその場に座り込んだ。


「ただ歩いただけで息切れするなんてなさけないなー」
「ハァハァ、っ、誰のせいで…」
「運動不足な葵ちゃんのせいでしょ」


社会人になってからまともに動いていなかったからもっともなご意見なのだが、それをわかっているのなら気を遣って頂きたいものだ。
肩で息をする私にとりあえずそのまましゃがんでいろと言った五条さんの声はいつもよりも落ち着いた真面目なトーンで、少しの違和感に項垂れていた頭を上げた。だけど私の視界に彼を捉えることが出来なかった。


「……五条、さん?」


いるはずの人の姿を認識出来なくなった途端、急に恐怖心が襲い掛かる。真っ暗な河川敷だからなのか、五条さんが消えた不安なのか。とにかく彼を探さなくてはと震える足に力を入れて立ち上がった途端、何かに引かれて再び地面へと引き戻された。


「だから、しゃがんでろっつっただろ」
「え……ご、五条さん…?」


突然目の前に現れた五条さんに脳が情報を処理しきれず、ただ呆然と見つめてしまう。私に背を向けている彼の左手から血がしたたり落ちるのがみえ、ゾクリと身体が震えた。大丈夫なのかとか、止血しなきゃとかいろいろ思う癖に言葉や行動に移す事が出来なくて、彼の背中を見つめながらただただ震える自分の体を抱きしめる。いつもは何もわからなかったのに、確かに彼は何かから私を守ってくれているのだと実感できてしまったがゆえに、怖くてたまらない。


「あークソ。お前うるさいな。この程度で勝てるとでも思ったか?」


なにも居ないはずの草むらに向かって放たれた言葉は出会った頃のように乱暴で冷たく、彼が苛立っているのがヒシヒシと伝わってくる。私が勝手に動いてしまったせいなのではと恐怖心と合わせて不安に襲われたのはつかの間のこと。


「残念、死ね」


ゾクリとする一言を残して再び視界から五条さんが消えてしまったと思っている間にも何かが起こった様で、気が付けば五条さんがこちらを向いていつも通りヘラリと口角を上げて笑っていた。


「いやー終わった終わった。相変わらず変なのに好かれるな、葵ちゃん」


お尻は大丈夫かと差し出された右手よりも後ろに回された左手が気になってしまう。そんな私の視線に気が付いたのか、大丈夫だと言ってひらひらと振られた左手からは、確かに血が垂れる事はなかった。


「いつも……こんな危険なのから守ってくれてたんですね」
「ん〜、まぁ今回のはちょっと質が悪かっただけでいつもはもっと雑魚ばっか」


五条さんが言う雑魚がどの程度危険なのかはわからないけど、確実に殺傷能力をもった何かであることは明らかだ。いつも簡単に言っていたありがとうが、今日は数段重く喉から絞り出される。
被害が無かったからって軽々しく考えていたが、被害が無かったのはこうやって五条さんが危険を冒して私を守ってくれていたからにすぎない。それなのに五条さんにいつ会えるかなとか浮かれていた自分は、なんて浅はかで愚かなのだろうか。


「なーんか無駄な心配している様だけど取り越し苦労だよ。僕最強だから」
「最強って…自分で言うことですか?」
「自分で言えちゃうくらい強ぇの」


その言葉は私を気遣っての言葉だったのかもしれない。だけど、五条さんの声色や表情が本当に最強だと語っている様で心が少し軽くなる。人の目で追えないほどのなにかをしているのだから凄い人には違いないだろう。
やっとのことで差し出された手を取り、立ち上がる。


「ところで葵ちゃん。そんな最強で忙しい僕がわざわざ雑魚の為に毎回来てる意味、知ってる?」
「え?」


立ち上がったのに離されるのことのない手に力が籠められる。
意味深な発言の意図が知りたくて五条さんの顔を覗き込んでも口元に笑みを浮かべたままで、瞳と一緒に隠された内面を読み取ることなどできない。


「わからない、です」
「じゃ、次に会いに来るときまでに考えといてね。僕は本音しか言ってないから」


困惑する私を更に乱す様に耳元に寄せられた口元から放たれた言葉が脳を震えさせる。
返答をできずにいる私を見て満足げに離れていく五条さんの顔が暗闇の中なのに鮮明に見えたから、もしかしたら思い上がって赤く染まる私の顔もしっかりと見られているのかもしれない。
だけどドクドクと激しく脈打つ鼓動はしばらく治まることはなかった。


write by 朋



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