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はつ、こい 05

「ふぁ〜っと、おけましておめでとうございまーす」


ポヤポヤと覚めきらない頭のまま食卓へつく。母親から新年早々しっかりしなさいと呆れられながら出されたお雑煮を頬張った。お出汁の優しい香りが口いっぱいに広がり染み渡っていく。
いつもと変わらない穏やかな新年。いつもと違うことといえば年末も遅くまで勉強をしたということくらいだろうか。


「葵、あなた後でちゃんと初詣行きなさいよ」
「えぇ……新年早々なんて人多いじゃん」


どうせ四日には友人たちと行くのだ。なにもこんな人がごった返している時に行かなくてもいいじゃないかと聞き流そうとする私に、母の盛大なため息が返される。


「受験生なんだからきちんと合格祈願してきなさい。ついでに帰りにお餅買ってきてね」
「あぁ、そういうことですか……」


母のメインはついでの方だろう。体のいい使いっパシリだが、ここで文句を言おうものなら代わりに夕飯を作れとかじゃあ食べなくていいとか言われてしまうのでグッと我慢しよう。急に味気なく感じてしまった雑煮をかき込み早々に席を立った。ここで一度でも寛ごうとコタツに入ってしまったら行く気を失くして母と口論になるのは目に見えているから。

どうせロングコートを着てしまえば見えないからと簡単に身支度を整える。姿見に小さく映る黒猫のぬいぐるみの後姿にモヤモヤとした気持を掻き立てられたがすぐに視線をそらして誤魔化した。最近はあの目に見つめられるのも怖くてずっと壁へと向けたままにしてあるというのに、それでも心がかき乱される。初恋を思い出にできたのならばまた愛でようと決めているのだが、それはいつになる事やら。
新年早々気分を落としたまま家を出れば、冬の冷たい空気が一気に現実へと引き戻した。帽子も必要だったかなと後悔しながらマフラーへと顔を埋めて、歩きなれた道をゆっくりと踏みしめる。


「うわ、ここも結構人いるんだ」


有名どころへは友人たちと行く約束をしているし、元日は人が多すぎるからと高校近くの小さめな神社にしたのだが甘かったようだ。身動きが取れないほどではないがソコソコにぎわっている境内には、いつもはない屋台から鼻をくすぐる良い匂いが漂っていくる。今しがた雑煮を食べていなければ買い食いをしていたところだ。
少しばかり後ろ髪を引かれながら参拝の列へと並び、今年の抱負を改めて考える。が、すぐに受験生らしく合格祈願をしなくてはいけないのだったと思い至る。恋愛成就は高望みでしかないから、せめていい思い出となってくれるように祈りたいところだ。あともう一つ欲を言っていいのなら、黒尾くんが悔いのないラストを飾れますように。神様には願い事じゃなく感謝や抱負を言うものだと知ってはいるが、願わずにはいられなかった。
ちょっと奮発して500円玉を投げ入れてしっかりとお参りしたあと、さっさと帰るかと引き返したところでおみくじ結果を見てはしゃぐ同年代位の女の子たちが目に入ってくる。


「やだ! 想い人あらわるだって! 素敵な出会いがあるかも!」
「え〜いいな〜! 私なんていまはまだ早いとか言われたんだけどー」


彼女たちから恋愛運がどうのと聞こえ、引き寄せられるようにおみくじへと手を伸ばした。別に結果になんて左右されないんだからと無駄な言い訳を考えながら渡された紙をゆっくりと開く。いつになくドキドキしながら開いたおみくじには大吉の文字が記されていて内心ガッツポーズを決めた。
だが、ちょっと理解しがたいお言葉や健康、学業などの欄をすっ飛ばして真っ先に恋愛の欄を確認して息をのんだ。別に結果になんか左右されないんだからと先程した言い訳を再び脳内で唱えても、逸るように脈打つ鼓動は治まらない。


「一途な想いが実を結ぶ。ためらわず告白せよ」


なんてタイムリーな一文なのだろう。たしか昨年は私もまだ早いと言われた気がするのだが、なにか変化があったとでもいうのだろうか。
とりあえず一旦落ち着こうと他の欄にも目を通してみたけれど、ちっとも頭に入ってこなかった。
大吉は持ち帰った方がいいというし、これは告白する時のお守りにしろってことですか? と神様に聞いてやりたくて社殿へと振り返った瞬間、目の前が真っ暗になりボフッと音を立てながらは衝撃が走った。


「おっと、すいません……って、あれ? デコちゃん?」


聞きなれた声の主とぶつかったのだと理解するまでおよそ十秒ほど。反応を示さない私を不審に思った声の主が何度も私の顔の前で手を振ってくれてから覚醒した。


「え?! え?! なんでクロ?!」
「おー良かった。デコちゃん反応無いからビビったわー」


立ったまま寝てたのかと揶揄ってくる黒尾くんは夢でも他人の空似でもない、紛れもなく黒尾くんだ。卒業式まで会うことは無いと思っていた想い人の突然の登場に、気が動転して上手く言葉が返せない。なんとか絞り出した新年の挨拶以降どうしたものかと思案している間に、黒尾くんの目が私の持っているおみくじへ向けられていた。


「ソレ読んでたから佇んでたのか?」
「え、あっ、うんそうそう! 大吉だったし気になっちゃって」
「ふーん、なるほどネ」


何やら考えている様子の黒尾くんに首を傾げると、黒尾くんのお連れさんである金髪頭の男の子がハァっと面倒くさそうにため息をついた。


「クロ、寒いしオレもう行くから」
「おー悪いな研磨。あとヨロシク」


黒尾くんの言葉に返事することなく、私に小さく頭を下げてから立ち去った彼はいつも黒尾くんと一緒にいると噂されていた後輩くんだろう。一緒に行かなくていいのかと黒尾くんを見たが、もっと大事なことができたからとはぐらかされてしまった。


「用事できたなら私もこれでサヨナラするね」
「いーや、デコちゃんにはもう少し付き合ってもらいますよー」


まだ時間は大丈夫かと確認してから人混みから離れるように神社を後にする。
どこに向かっているのかは分からないけれど、新年早々黒尾くんと一緒に居られるというだけで浮足立ってしまう。道中の他愛もない話ですら幸せで、告白が玉砕してしまえばこんな時間も無くなってしまうんだなと少し怖くなった。


「はい、到着」
「……土手?」
「そっ。ここさ、バレー始めたころからずっと練習してた場所なんだよネ」


どろどろになってよく怒られたと笑う黒尾くんの視線の先には幼き日の彼が写っているのだろうか。
懐かしそうに目を細めるその顔からは、昔っからバレーが大好だということが伝わってくる。それが素直に納得できてしまうから、苦しかった。


「前にさ、デコちゃんが後輩くんたちに声掛けられてただろ? 顔見せてくれって」
「え? あぁ、秋ごろの話しね」
「そん時さ、思っちゃったんだよネ。それどころじゃないくせに」


なにを? そう聞こうとして開けた口は音を発することなくそっと閉じた。あまりにも真剣な瞳が真っ直ぐ私に向けられていて、酸素がなくなったのかと錯覚するほど息が詰まる。そのせいなのか、やけに自分の鼓動が大きく聞こえ、視界の端を電車が通って行ったというのにその音を認識する事すらできなかった。


「好きだ」


ゆっくりと、でも力強く発せられた三文字は、電車の音すら聞こえなかった耳にもしっかりと届いた。それを理解出来たかは置いといて、だが。告白されるなんて発想を微塵もしていなかったからか、いま目の前で起こっていることが現実なのか疑わしいほどだ。


「ホントは引退するまで言うつもりはなかったんだけどな」


今まで真っ直ぐに貫いてきていた視線を外し、少し言いにくそうに頭をかく黒尾くんは、何も言わずにいる私を伺いながらも言葉をつづけた。


「あの子面倒見良いから人気なんだよね〜。先輩としても異性としても……なんて聞かされたら焦るだろ。そこにさっきのおみくじな。デコちゃんが気にしてたのが恋愛の欄だったらって思ったら、無理だった」


あぁ、ドキドキとうるさい。自分の心臓も血管もバカになってしまったのかもしれない。
再び私を真っ直ぐとらえた黒尾くんの瞳は視線をそらすことを許してくれない。まるで獲物に狙いを定めた獣の目だ。


「誰かのモノになる前に今すぐ俺が掴まえてやるって思った」


触れられていないはずなのに、喉元を閉められているかのように苦しい。
なにか、なにか言わなくてはと思うのに、バカみたいに送られた血のせいで沸騰してしまったのか頭が働かない。嬉しい。私も。そんな言葉よりも、でも…なんで……と否定的な文字が躍る。


「でも……今はそれどころじゃないんじゃ……」


やっと口にした言葉はやっぱり戸惑いからくるものだったにもかかわらず、黒尾くんの瞳が揺らぐ事はない。


「正直、今はバレー以外にかまけてる余裕はねぇのな。けど、デコちゃんもあきらめらんねーんだわ」
「そんなの……ずるいよ」
「悪いね。こっちも必死なんで」


あんなにも悩んで、苦しんで、泣いたのに。黒尾くんはそんなこともお構いなしに私を捉えて離さない。
こんなのずるい。大会が終わるまで恋人らしいことなんてできないのに。終わってからも受験で慌ただしいのに。そんなの私が望んだ恋愛とは違うはずなのに。
それなのに、嬉しいと思わせるなんて、頷く以外の答えが出てこないなんて、本当にズルい。


「こんな男ですが、俺の彼女になってくれませんか」


そういって伸ばされた手を掴むことなく、その胸に飛び込んだ。お互い分厚いコートを着ているせいで体温を感じる事はできなかったが、背中に回された腕にぐっと力が入っただけで胸が熱くなった。

あぁ、神様。イジワルだなんて思ってごめんなさい。
初恋は実らないと言った世界中の人よ。初恋でも実ったぜどんなもんだ。やったぞ。
そう叫びたい気持ちを抑え、ずっとずっと伝えたかった言葉を、やっと口にする。


「大好き」


fin.



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