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むすんでひらいて

夕飯の買い物やらで人が多くなってきた商店街に、いつも通りあちらこちらから元気な声が響く。大型スーパーが増えた影響で昔に比べたら活気はなくなってしまったかもしれないが、それでも変わらな人の温かさがまだこの商店街にはあった。
この街出身ではないけれど昔から暇を作っては祖母のおにぎりやさんのお手伝いに来ていた私を、この街の人たちは商店街の仲間だと言ってくれるのが嬉しくてたまらない。


「おぅ葵ちゃん、今日も頑張ってんなー! いつものねー」
「はーい! 毎度ありがとうございまーす」


いつもの、なんてオーダーにもすっかり慣れ、最初は熱くて泣きそうだったお米も手際よく握れるようになった。まだ学生の私が握った普通のおにぎりを美味い美味いといって食べてくれるお客様の顔触れはいつも一緒。地域密着の商店街の小さなおにぎりやさんの変わらない日常が、私はとても好きだった。

だけど、最近ちょっとした変化が訪れた。
と言っても大したことではない。この街の人ではないお客さんが来たというだけ。それだけなら今まででもあったが、このお客さんが今までの一見さんと違うのは街の人でもないのに定期的に買いに来るという所だ。しかも、若い学生さんが。


「あ、おにいさんこんにちは」
「シャケ」


ピシッと片手を上げておにぎりの具を言うコレが注文ではないと知ったのは何回目の来店の時だっただろうか。初めのうちは分からずに握ってしまい、少し困った顔をしていた彼を思い出して口元が緩む。


「こんぶ??」
「なんでもないよ! ごめんごめん。今日はどれにしますか?」
「ん〜〜ツナマヨ、明太子、シャケ」


今度のシャケはちゃんと注文のシャケ。オーダーの入った三種類を素早く握って差し出すと、口元が服で隠れて見えないのにわかるほどのわくわく顔で受け取ってくれるのがわんこの様で可愛い。
丁度のお金を払い、足取り軽く立ち去る彼の後姿を見つめながら、次はいつ来てくれるだろうと考えるのが最近の私の楽しみの一つになっていた。

彼が来るようになってもう半年ほどが経っただろうか。
だけど、彼の口からおにぎりの具以外の言葉を私は聞いたことがない。ゆえに、名前すら知らない。
祖母にもそれとなく聞いてみたけれど、学生さんのお客さんを対応した事はないと言っていた。偶然なのだろうが、どうやら彼は私が入っている時にしか現れないらしい。
彼のことを調べようかなとも思ったが、学ランっぽい制服は見た事のないデザインだから何処の高校なのかわからないし、なにより勝手に探るっていうのもなんだか違う気がしてやめた。

いつか名前が聞けたらいいな

そんな私の願いはすぐに叶うこととなった。



「へぇ〜ここが狗巻君のお気に入りのお店なんだ〜」
「高菜!」


いつもよりも早い時間帯。サラサラの髪をなびかせながら現れた彼の隣には、色違いの白い制服のような物を着た学生さんがいて、当たり前のように彼の名前を呼んだのだ。
狗巻君。そう呼ばれた彼の返事はやっぱりおにぎりの具だったけれど、この二人は仲が良い友達なのだと伝わってくる。


「こんにちは。今日はお友達も一緒なんだね」
「すじこ」
「初めまして。狗巻君がみんなへの差し入れならここのおにぎりがいいって紹介してくれて」
「シャケシャケ」


嬉しそうに返事をした狗巻君は、少し自慢げにうちのメニューを紹介している。時より聞こえてくる会話もやっぱりおにぎりの具だけれど、お友達とはスムーズに会話が進んでいて感心すると同時に、少しだけもやっとした気持ちが渦巻いた。


「こんぶ?」
「あ、えっと、ご注文はお決まりですか?」


理解しがたい自分の感情にかまっている場合ではない。差し入れとなればそれなりの個数握らなくてはいけないのだぞと自分に活を入れ、男子高校生何人分なのだろうというオーダーを受ける。
二人とも細いけれどやっぱり男の子だな〜なんて思いながら大量のおにぎりを握り終えると、狗巻君はいつものわくわくとした笑顔で受け取ってくれた。


「今日はたくさん注文してくれたから、この唐揚げおまけであげるね。二人で食べて」
「おかか!?」
「いいよ。いつも来てくれるお礼だし」
「すごい! お姉さんも狗巻君の言ってることが分かるんですね」
「あはは、何となくだけどね」


完全に意思の疎通が取れているだろう二人ほどではないと思いながらも、さっきのもやっとした気持ちとは違う、ふわふわとした感情が生まれる。それが妙に気恥ずかしくてそそくさとお会計を終わらせた。


「わ〜いい匂いだね。ありがとうございました!」
「高菜! 高菜!」
「こちらこそ、いつもありがとうございます。また来てね、狗巻君」


知りたかった名前を知れて浮かれていたのかもしれない。
直接教えてもらったわけでもないのにさらりと彼の名前を呼んでしまったことに狗巻君の驚いた顔をみてから気付き、見送りのために振っていた手が止まる。


「え?なに狗巻君?」
「すじこ! おかか! おかか!」
「わ、わかったよ。じゃあ先行ってるね」


狗巻君がお友達の背中を押して先に行かせたため急に二人きりになってしまった。いつもだったら二人きりでもなんとも思わないのに、今は妙に照れくさい。


「ごめんね。勝手に名前呼んじゃって……」
「こんぶ」


ぶんぶんと首を横に振ってから私をじっと見つめる狗巻君の目が怒っていない様でホッと胸をなでおろした。よかった、嫌な気持ちにさせたわけではなかったようだ。
だったらなぜ彼は友達を先に行かせてまで残っているのだろうか。じっと私を見つめ続ける目からは読み取れなくて焦っても、狗巻君の気持ちを理解できていたお友達はもうずいぶんと遠くだ。


「えっと、どうかした?」
「ツナマヨ!」


指を一本立てて力強くそれだけ言うと、またジッとなにかを待つ様に私を見つけてくる。
今までの付き合いでなんとなくわかるのは、これが何かをもう一度と要求しているのだろうということだけ。そのなにかが思い当たらない。


「ごめん、なんだろう」
「ツナマヨ」


今度は立てていた指で自分の胸を指差す。指がキレイだなとか現実逃避したくなっているのは、狗巻君の少ない言葉と動作から思い当たった要求がなんだかとても自惚れた内容だったから。
本当にこんなことを望まれているのか不明だし、これが違った場合は恥ずかしいなんてものじゃない。だが、他の可能性が全く思い浮かばなくなってしまった今、実行に移す以外にこの期待された視線から逃れる事は出来ない様な気がした。


「い、狗巻君」


覚えたての名前だけを音にのせた。ただそれだけなのに狗巻君がとても嬉しそうに目を細めるからこちらが恥ずかしくなってしまう。もう一度名前を呼んで欲しい、なんて、まるで恋仲みたいじゃないか。
妙にフワフワとくすぐったい雰囲気の中、狗巻君がもう一度「ツナマヨ」と呟く。先程は自分を指していた指先が、今度は私の方を向いていてトクンと射抜かれた様に鼓動が鳴った。
名前を呼んで欲しい、の後に同じ様に私に向けられたのなら、これは名前が知りたい、だろう。


「高宮葵、です」


まるでお見合いの様に見つめ合ってしまいトクンどころではすまされないほどうるさく響く鼓動のせいで緊張感が増していく。もしかしたら彼の口からおにぎりの具以外の言葉が初めて聞けるのではないかと期待してじっと彼を見つめ返したけれど、彼の口から私の名前が音になって響くことはなかった。


「    」


しかし、いままでずっと隠されていた口元の服を指で少しずらした彼の唇は、音のないまましっかりと文字を紡いでいた。読唇術なんてものは心得ていないけれど、刺青のようなペイントをされている彼の口元は、確かに私の名前を形どっていたような気がする。


「……なんかあれはズルくないですかね」


いつもより二割増しの笑顔でにこやかに手を振って立ち去った彼に私の言葉は届かない。だけど、音にならなかった彼の言葉はしっかりと私を赤く染め上げていた。




棘くんが可愛くて可愛くて、時にカッコよくて射抜かれました。
お勧めしてくれた仲良しさんも棘くん好きだったので遠慮なく書かせてもらいました!でもおにぎりの具しか喋らない棘くん難しい…。私じゃ可愛さが全然伝えられない…。
もし呪術廻戦をあまり知らずに読んでしまった方がいましたら、是非とも本家本元の可愛さを堪能して下さい!!!ちょっとグロいですけどおすすめです。
この可愛さが皆様に広がれ〜〜♪
write by 朋



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