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02


重い扉を開けて、自分の部屋へと帰ってくる。真っ暗で何も音がしない部屋。持っていたバッグを乱雑に床へ置けば、いやに大きく音が響いた。
あれだけ流れていた涙はとうに乾いていて、頬が引き攣るような違和感を覚える。静かな部屋に一人で居れば、どうしても彼の事を考えてしまう。それが嫌で、少しでも紛らわそうと冷蔵庫の中から缶チューハイを取り出した。アルコールに頼るなんて情けないけど、それ以外の方法が思いつかなかったんだ。
直接缶に口をつけてごくりごくりと流し込みながらふと思い出す。確かあの時もアルコールに頼ったんだっけ。今と違って、緊張を紛らわすためにだったけど――。


爆心地と会ったあの日から一ヶ月。記憶を遡るだけではもの足りず、声を聞きたいと毎日のように動画サイトを漁ってしまっている自分がいる。でもやっぱり機械を通しているせいか直接聞いたあの時とは違って聞こえて、どうもしっくりこない。またあの声を聞きたいなあ、と事あるごとに考えてしまうあたり拗らせたファンのようだ。
どうせもう会う事なんてないんだし、一時の熱みたいなものだろうから暫く経てば落ち着くと思う。けど、あの声が耳にこびりついたように離れない今はまだ、彼を追うのを止められそうになかった。
そんな事ばかり考えていたからだろうか。仕事を片付けるのがいつもよりも遅くなって、定時をとうに回ってしまった。完全に日は落ち、真っ暗に染まった景色を見てため息を一つ吐く。明日は休みだし、スーパーに寄って色々買い物をしなければ冷蔵庫が空っぽだ。そう分かっているのにこの時間から買い物をして、更には晩ご飯を作る気力なんて湧きそうに無かった。
気持ちよりも体の方が正直だったようで、足は勝手に駅前へと向かいだしてしまう。そうすれば気持ちも追いついて、頭の中は既にどこのお店にしようかでいっぱいだ。
金曜日だし、たまにはいいよね。帰りにコンビニで朝ご飯買っていけばいいや。

「いらっしゃいませ。三名様ですか?」
「えっ、いや……」

そう思ってお店に入ると、店員から掛けられた言葉に戸惑う。後ろの客と一緒にカウントされてしまったのかと何気なく振り向けば、視界に映った光景にぴしりと体が固まった。

「アレ? 葵じゃん」
「……切島」
「ひっさしぶりだな! お前一人? なら一緒に飲むか?」
「ハァ?」
「え?」

後ろに居たのは、まさかまさかの中学の同級生。というか、小学校も幼稚園も一緒だった、所謂幼馴染というやつ。アホだと思っていたのに進学先はこれまたまさかの雄英で、しかも今やプロヒーローだっていうんだから世も末だ。なんて思ったのは記憶に新しい。
けど、私が固まったのは偶然出会った幼馴染のせいではなく、その隣にいた彼が目に入ったからだった。

「お座敷かテーブルかどちらになさいますか?」
「テーブルで」

呆けている間に切島が勝手に店員と話を終えていて、結局三人でテーブルへと通されてしまった。騒がしく陽気な店内なのに、このテーブルだけ違う空気が漂っている気がする。何よりも目の前の光景が未だに信じられなくて、まともに顔を上げる事が出来なかった。

「オイ、どういう事だよ」
「てか葵一人飲みとか淋しくね?」
「残業だったし、金曜日だし……」
「疲れてんのか? 珍しく大人しいじゃん」
「オイコラ、何無視しとんだ」

そう、切島の隣に居たのは、ずっと私が求めていた声の主――爆心地だったのだ。
不機嫌さを隠そうともせずに切島へ突っかかっていたが、切島はものともせずにあしらっていた。凄い。凄すぎる。私なら今の一声が自分に向けれたら縮み上がりそうだ。
でもそうか。二人は同じ高校で同じクラスだったんだし、こういうやり取りも慣れてしまっているのかもしれない。とりあえず私がこの場に溶け込むためにはただ一つ、私と彼の接点を話す事だ。切島に笑われる事になるだろうけど、きっと上手く会話を繋げてくれるだろうから。

「あの、この間はすみませんでした」
「え? お前ら知り合いなの?」

意を決して顔をあげ、口火をきれば彼の鋭い視線が私へと向けられる。それだけで蛇に睨まれた蛙の如く身動きが取れなくなってしまった。呼吸すら上手く出来なくなるような感覚の中で彼の視線を浴び続けていると、険しい顔のままほんの少しだけ首を傾げる彼。

「いや、知らねぇ」
「えぇ!?」

たった一ヶ月前だというのに、私のようなモブは彼の記憶にも残らないのか。切島の容赦ない笑い声を聞きながら愕然としていたが、ふとあの時の事が頭を過ぎる。そうだ、確かあの時はすっぴんで髪の毛もぼっさぼさだった。それに比べて今は仕事終わりで崩れてはいるけれど、あの時よりかはかなりマシだろう。
もしかしたらそれで一致しないのかもしれないと考えて、下ろしていた髪の毛を耳に掛ける。こうすれば補聴器が見えるはずだから。

「お前……」
「え、マジで知り合い?」
「知り合いって程じゃないんだけどね」

ここで漸く彼の中の記憶と一致したらしい。そして、思っていた通りに切島が会話を繋げてくれて、意外にも場は盛り上がった。自己紹介から始まり、切島と私の関係や二人の高校時代の話など尽きない話題。緊張を紛らわす為と、相変わらずびりびりと響いてくるような彼の声を意識しないようにする為にどんどんお酒を流し込んでいく。あれだけ聞きたいと願っていた彼の声なのに、テーブル一つ挟んだ至近距離では刺激の方が強くて冷静じゃいられない。

「お前飲みすぎなんじゃねーの?」
「だいじょぶ、だいじょーぶ」

そうしてアルコールに頼っているうちに、どうやら許容量をオーバーしてしまったらしい。思考も鈍くなってきて、僅かに残った理性で何とか繋いでいる状態だ。そんな状態だからなのか、私はぽろりと溢してしまった。彼の声の事を。自分の個性と聴力に、彼の声がどう影響するのかを。

「それでね、おねがいしたいの」
「うん。カナリおもしれーけど、そろそろ止めとけ? な?」
「ばくごーくん!」
「ンだよ」
「名前呼んでくれませんか?」

個性は使わないけれど、補聴器を外してあの声を直に聞いてみたい。そして出来れば名前を呼んでほしい。こんなミーハー極まりない発言、普段なら絶対にしない。だけど今はアルコールに浸食されていて普通じゃないし、酔っ払いの勢いは切島にも止められやしない。

「おねがいします!」

がばりと勢いよく頭を下げて、補聴器を外す。途端、頭が痛くなる程の沢山の音が入ってきて顔を顰めるけど、そんな私に負けないくらいとっっても面倒臭そうに顔を歪めた彼。

「……葵」

半ば投げやりに呼ばれた名前が鼓膜を通して伝わってきた瞬間、心臓が止まるくらいの衝撃を受けた。びりびり、なんて生易しいものじゃない。強いていうならズドン、だろうか。
そして私は、名前を呼ばれた直後――失神した。
ちなみに失神していたので、それからの記憶はない。失神していたという事実も次の日の朝聞かされて初めて知った。朝起きて隣には彼が……なんていうハプニングはもちろんなく、起きたら硬い床の上。ぎしぎしと痛む体を起こせば、呆れた切島の表情が映り、事の顛末を聞いた後に顔面蒼白になったのは言うまでもない。

彼にしたらとんだ災難だっただろうし、きっと苦手なタイプだったと思う。それでも、お詫びをしたいと頭を下げた私の誘いにも渋々応じてくれたし(しつこかっただけかもしれないが)、失礼な言動の数々も許してくれた。
こんな始まりだったから、付き合うまでにも紆余曲折あった。まあ、それは話が長くなるので割愛しよう。

喧嘩する事もあったけど、何だかんだ上手くやっていた私達。
けれど、突然始まったあの日と同じく、終わりもまた突然だったのだ。


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