「ごめんなさいっ!!!」
体育館に響く犬岡の声に、全く関係ないのにピクリと体が動く。
そっと息を吐いて犬岡に目をやれば、作ってきたスポーツドリンクを盛大に落としていた。
コロコロ転がるボトルを慌てて拾っている犬岡に皆が注目しているから俺がビクッとなったなんて誰にも気づかれていない。
皆が「どんまーい」とか「豪快なシェイクだなー」って声を掛けるなか、俺も「中身が出なくてよかったなー」と叫んでからボール拾いを再開する。
ごめんなさい
この言葉がこんなにも脳を占領したのは初めてだ。もちろん先程の犬岡の謝罪ではない。貸したタオルと一緒に入っていた高宮からの手紙。
ありがとうとごめんなさいが書かれたこの手紙から、高宮がまだ苦しんでいるんだとわかる。
待つと言ってしまった俺の気持ちを気にしてごめんと言ってくれたのだろうか。
それとも元から望みがないのだろうか。
想っているだけでも迷惑なのだろうか。
小さな手紙には高宮の感情を読み取れるだけの情報は載っておらず、ただ ごめんなさい で締めくくられていた。
「よぅ〜し!次スバイク練やるぞー」
黒尾の一声で現実に引き戻される。
そうだ、今はバレーに集中しないと。皆と反対側のコートに立ち、深く深呼吸をしてから構える。神経を研ぎ澄ませ、ボールの事だけを考えるこの時間、この感覚が好きだ。次々打ち込まれるスパイクをどんどん拾っていく。
「おぉぉ!今日も夜久さんキレッキレっすね!」
「くっそー!今のは決まったと思ったのにー!」
後輩たちが悔しそうに叫ぶ声すらもどこか遠くに聞こえる。それほどまでに、ただボールだけに集中していた。
黒尾と研磨がどこか心配そうにこちらを見ていた事なんて全く気が付くこともなく。
だが高宮の事を考えなくてすんでいたのも集中するものがある練習中だけ。練習が終わってすがるものが無くなった思考はまた堂々巡りを繰り返す。楽しげなみんなの会話に何とか返答しているが何を話したかなんて全く覚えていない。
そんな日がもう一週間も続いている
高宮に彼氏ができたと聞いた時でもここまで引きずらなかったのに…見ていただけのあの頃より距離が近付いてしまったせいだろうか。
「ねぇ」
「・・・・・あっ、な、なに研磨」
頭の中がぐちゃぐちゃの状態だった為か、研磨の呼びかけをどこか遠いものと思ってしまいワンテンポ遅れて慌てて答える。そんな俺をじっと見つめる研磨の目は試合中のような鋭いもので。
すべて覚られるんじゃないかって、そんな事あるわけないのにドキドキしてしまう。
「・・・・・はい。今日の戸締り、夜久くんだから」
たっぷりの間があった後に渡されたのは部室の鍵。
1人に負担がかからない様に交代で鍵の管理をしていて、丁度今日は俺の番だったらしい。
鍵を渡すだけにしては視線が痛いが、何か言われるのも怖くなり「サンキュ」とだけ返して鍵を受け取った。
それでもなお俺を見続けた後、チラリと黒尾に目をやったかと思えば「・・うん。じゃ」と言って山本たちの所へ行ってしまった。
ホント何なんだよ、心臓に悪い。
未だ早い鼓動を落ち着かせようとロッカーへ向き直り、深く息を吐きだす。そんな間に後ろで研磨が山本たちに「かりゃあげくん、今日から新味でたって」なんて告げたもんだからみんなしてワイワイとコンビニへ向かう話になっている。
今は唐揚げ食べてる余裕ないんだけどな…それでも今まで行かないって選択をしたことがないので、置いて行かれないように急いで着替えに取り掛かる。だがなぜか隣の黒尾は急ぐどころか着替え途中でスマホを弄りだした。
「おい、着替えないのか?」
「ん〜」
帰って来た気のない返事に力が抜け、急いでいた手を止める。
黒尾の支度が完了しない限り鍵がかけれない。
「黒尾は行かないのか?」
早くしないと置いてかれるぞと後ろを振り向けは、すでにそのにみんなの姿はなかった。
「アイツらなら海に任せたから心配ないぞ〜」
弄っていたスマホを脇に置き、黒尾が含みたっぷりの顔で俺を見る。
「さ〜て、じっくり話でもしましょーかネ」
この黒尾の顔は逃がしてもらえないやつだ。
教室でも俺を見ている黒尾は最近俺が変なことに気付いてるだろうとは思ったが…。
「とりあえず服着てくれ。上裸の男と向かい合うのは嫌だぞ」
1人で考えても無限ループに陥るだけで答えなど出ない悩みだ。どうせ話すならいっそのこと相談してみよう。
黒尾はふざけている様に見えて信頼できる奴だし。
「おぅ、お待たせ」
そう言っていざお互い向かい合って座るがどう切り出していいのか悩む。
眼を泳がせたまま、「あ〜」とか「えぇっと」とかいって中々言わない俺に、黒尾がやれやれと軽くため息をつく。
「最近愛しの高宮がフリーになったうえによく話すようになった夜久くんは何に悩んでいるのかな?」
まさかのドストライクな投げかけに驚いて顔を上げれば、にやりと笑う黒尾の顔。
「・・・俺、高宮が好きだなんて言ったことあったか?」
「うんにゃ、そうかなーって思ってただけ」
4月に高宮見る顔が初めまして〜って顔じゃなかったからなと笑う黒尾。
あぁ、コレだからコイツは厄介なんだ。
おかげで色々諦めがつくからいいんだけどさ。
「俺さ…高宮がフラれた時出くわしちゃってさ。その・・流れというか勢いというかその場で告ったんだけど」
「え、マジで?」
「おう。で、俺の事考えれるようになるまで待つって言っちゃった…」
かなり驚いた顔の黒尾に頷けば、みるみる口元が緩んでいくのがわかる。
すっげー楽しそうな顔になりやがった。続きを急かす顔がうるさい。
「でもその後手紙でさ『今はそういう気持ちになれないからごめんなさい』って書いてあった」
「あ〜ま、フラれた直後だしな」
大抵の奴がそう言うだろうなって返され心が折れそうになる。
やっぱり告白のタイミング間違えたよな…。
「やっぱごめんなさいって事はダメなのかな…」
「でもそのわりに最近よくしゃべってんじゃん」
フラれたのにめげないね〜ってからかう黒尾をにらみつける。
確かにあの日以来、高宮と目が合うことが増えて話しやすくなったのは事実。
それに
「やっぱ好きな奴と話せるのは嬉しいじゃん」
今までは接点なくて挨拶程度しかできなかったのが今は名前を呼んで会話ができる。
「お前いい人すぎじゃね?普通気まずくなるだろ」
「そりゃ俺だって最初は気まずかったけど!でも元々見込み無い片思いだったし…」
高宮に避けられたりしたらさすがに諦めてたかもしれないが。
あの手紙を貰ってすぐに話すっきっかけがあって話した時、驚きながらも嬉しそうな顔をしてくれたから。
「じゃあグイグイ押したら?今はってことはこれからはわかんないんデショ?」
いっそのこと付き合ってから考えてもらうとか?って提案に首を振る。
「別れてすぐに彼氏作ったんじゃ高宮の印象が悪くなるだろ」
それは嫌だ。
それに、高宮は明るく振る舞ってるけど本当に傷ついてると思うから。そういう俺に、今度は心底あきれ顔の黒尾。
「そんなんよりも付き合ってる期間のが大事なんじゃね?」
どんな噂が立ってもちゃんと付き合ってたらそのうち噂なんて消えるだろ。
大体『別れてすぐ』ってやつじゃなくなるのなんて人それぞれだ。ただお互いが付き合えて幸せならそれでいーんじゃねーの?
そう言う黒尾がなんかカッコよく思えて少し悔しかった。
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お悩み相談編。
あまりにもボールだけに集中する夜久君を見かねて研磨と黒尾が立ち上がりました!
いつもの夜久君なら周りにも気を遣えるからね。
周りがどうこうじゃなく、お互いがどう思うか
それだけを考えて進めるのは若いうちだけよね…。