■ 4




   * * *



「兄貴ー、ただいまーっ」
「お義兄さん、こんにちはーっ」

 笑い声と共に明るい声が玄関から響いた。

 俺は吐き気と頭痛を堪えながら、旅行帰りの二人を出迎えた。
 ガラリと開け放たれた玄関から初夏の眩しい陽射しが入り込んで、古い家の軋む廊下の暗さが際立つようだった。

 陽光を背負い、日に焼けた智人達は俺の顔を見るなり、目を見張る。

「なんだ、兄貴。具合悪いのか? 工場の方も閉まってるしよ、どうしたんだ」
「ああ、……タチの悪い風邪だ」
「なんだよ、夏カゼひくほどバカだったっけ?」
「智さんっ、お義兄さんになんてこと言うのっ。大丈夫ですか? ごはん食べました?」

 くるりと丸い大きな目が心配そうに俺を見上げる。少しふっくらと丸い体つきも顔立ちも優しげで愛らしい。目つきも顔つきも鋭い合碕とは大違いだ。まるで似てない兄妹だと思いながら、俺は頷く。

「ん、まあ」
「ホントかよ? なんか作ってやってくれねえか、麻奈」
「うん、じゃあお台所借りまーす」

 そう言って上がりこもうとする二人を、俺は慌てて押しとどめる。

「いや、いいよ。ちゃんと食べてるから心配するな。それに、ちょっと休みたいから、悪いんだが」
「あ、大丈夫です、休んでてください。ちゃちゃっと作って置いておきますから。ささ、ベッドへ」
「そうそう、長旅で疲れてんだよ、追い返すなんざ薄情じゃねえか」
「智さん、具合悪い人に絡まないのっ」
「へいへい。ほら、兄貴、布団で寝てろよ」

 智人が俺の背を押していつも寝ている和室へ追いやる。俺は諦めてのろのろと部屋に入った。敷きっぱなしの布団の上に座りこみ、力なくうなだれ、部屋の隅に置いてあるスタンドライトを見やる。合碕が置いて行ったものだ。

 中には盗聴器とカメラが仕込んである。

 あれだけじゃない。家中いたるところに仕掛けられた。
 こんなプライバシーもくそもない家に、二人を留めていたくはなかったが、仕方がない。

 実際、ひどく具合も悪くて、俺はもそもそと布団にもぐり込んだ。
 頭まで布団を被れば、合碕の視線から逃れられる。

 カメラを外したりすれば、あいつに雇われた連中に痛めつけられるからこうする以外、どうしようもない。おまけに、あいつは三日前に海外に出たが、毎日電話やメールがくる。

 たいがいろくでもない内容だ。
 いつまでこんな生活が続くのだろうか。気が変になりそうだ。その前に衰弱して死にそうだ。

 不意に涙が滲んで、枕に顔を押しつけた。

 なんで、俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ。

 誰か、助けてくれ。





<fin>





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