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 純白のウェディングドレス。繊細なレースと刺繍、小さな宝石できらびやかに飾られたそれは、女性のたおやかな体のラインを強調しつつも清楚な印象にデザインされている。

 一生に一度の晴れ舞台を華やかに魅せる最高の衣装。普段どれほど冴えない人であろうとも、この純白に包まれれば美しく輝く。

 とはいえ、物事には限度ってものがあるだろう。

 何千万もかけて作り上げられた最高傑作だろうがなんだろうが、180センチ82キロもある俺が着たら、似合わないを通り越しておぞましい。

 さらに滑稽なことに、両手両足を豪奢な天蓋付きベッドに括り付けられている。似合わないドレスを脱ぐどころかこの場から逃げ出すこともできない。

 いや、それだけならまだいい。それだけならタチの悪いジョークと笑い流せるからまだマシだ。この尻に突き刺さって低い唸りを上げて震え続けるモノと勃起した股間を締め付けるリングさえ無けりゃ、このドレス姿のままで外に放り出されたっていい。

 ああ、なんだってこんなことになったんだ。

 涙目で上を見れば、そこには全身を写す鏡がある。
 背骨が蕩けるような快感に顔を赤くして、布を噛まされた口の周りを涎まみれにした醜悪な俺の顔が俺を見返して、俺は強く目を閉じる。夢だ。夢に違いないんだ。

 しかし再び眼を開けても見えるものは変わらない。ドレスの下ではぬるぬるになったモノが脈打って、解放を求めてひくついている。

 俺の記憶は昨日の夜、食事途中で切れている。食べていたのはフランス料理。差し向かいにいたのは、つい三日前に義理の兄になった男、合碕眞司(あいさき しんじ)。

 年は俺より5歳上の32歳。海外を拠点にする実業家だそうだ。上等そうなスーツをさらりと着こなし、優雅で鷹揚な仕草と尊大さとユーモアを織り交ぜた語り口で人を魅了する完璧な男、だと思っていた。昨夜、食事を一緒にするまでは。

 合碕と初めて会ったのは、双子の弟の結婚式。合碕は弟の嫁さんの兄だ。仕事の都合で結婚式当日まで顔を合わせる機会はなかったが、初対面の印象は良かった。

 式も滞りなく進み、幸せな二人は昨日、新婚旅行に旅立った。そして俺は、日本を出るという合碕に、食事に誘われた。しばらく会う機会もないだろうから、家族になった記念に、と。

 場所は小さいが高級そうなレストランの個室。料理はどれもうまかった。俺はあまり口が回るほうじゃないが、代わりに合碕がよく喋った。

「もう聞いているだろうが、私たち兄妹は早くに両親を無くしてね。妹とは年が離れているが、仲が良かった。私は妹の面倒を見ることが苦ではなかった。あの子のために、早くから自立を志した。親戚の家にあの子を預け、海外に出て事業を成功させた。これからずっと十分に贅沢をさせてやれる。そう思っていた。あの男があの子をかどわかすまではね」

「かどわかす?」

 和やかな顔が吐いた不穏な言葉に、俺は食事の手を止めた。

「ああ、そうだ。ちっぽけな工場を切り回しているだけのつまらん男が、私の大事な妹を丸め込み、骨抜きにし、苦労ばかりの道に引きずり込んだんだ」

「そんな、言い方……」

「いま行っている旅行の代金すら支払えない貧乏人がどうして妹を幸せにしてやれると思うのか、その低脳ぶりには呆れる。私がプレゼントしてやらなければ、ウェディングドレスも新婚旅行も無かったんだ。女性の生涯を左右する婚姻という契約に臨むに際して準備も財力もお粗末。自慢できるものといえば、親から貰った頑健なだけが取り得の図体か。ははは、筋肉に反比例した脳みそも親譲りなのか、お前たちは。妹があれほど望まなければ結婚など、決して許しはしなかった。鉄くずとオイルに塗れて黒く染まった汚れた手で妹に触れたかと思うと、あの指を切り刻んで犬に食わせてもまだ気がすまんが、脳みそが足りん上に仕事の手も無くしたら、そんな男の元にいる妹が哀れだ。まったく、忌々しい」

 俺はぽかんとして、目の前の男を見つめていた。




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