傍からみればいつものように仕事も忘れてぼやっと呆けて何も考えていないように見えるのだろうか。いつもだって、何も考えていないわけじゃなかった。僕はそんなに駄目な人間に見えるのかなぁ。今更だと言われるだろう疑問を浮かべては、小さく溜息を零すことに誰も気付いてくれない。
 頬杖をしすぎて頬が変形してしまうのではないかと言うくらいだらしない僕の格好を、吉野先生が見たらまた怒鳴り散らすに違いないな。想像したら何だか面白くて、へぁ、と変な声が出た。視線の先にいた名前ちゃんがこっちを見て笑った。

「またぼーっとしてたの?吉野先生に怒られるよ」

 ほら、やっぱり吉野先生に怒られるらしい、僕は。そうだねー。情けない笑い混じりに返した僕の声はいつもと何ら変わりなかった。空も昨日と同じで晴れ渡っている。こんなにいい天気なのに。

「今日ね」

 嬉しそうな表情にこれから何を言われるか、僕にだってすぐわかった。さっき乱太郎くんたちに言っているのを庭掃除のとき聞いてしまったから、その続きは簡単に想像できるのだ。
 だけど僕は“にぶちん”だから、何?と笑顔で知らないふりをした。

「利吉さん来るんだって」

 やっぱり、と僕は思った。口から飛び出たのは、へぇ、そうなんだー、という言葉だった。
 彼女が利吉さんに想いを寄せていることは知っていたし、利吉さんが彼女を酷く気に入っていることも知っていた。僕は利吉さんのことを尊敬していたし、それでも彼女のことが好きな僕のことも、僕は知っていた。二人のことを想って気持ちを抑えている僕は、みんなが言うほど困った人間じゃないんじゃないか、と自分を慰めることしかできないことも知っていた。
 楽しみだね、という僕の顔は微笑んでいて、今すぐここから逃げ出したくなったのに、頬から手のひらが剥がれない。頬杖をしすぎたようだ、彼女の笑顔は嬉しいけれどちっとも楽しみだと思えなかった僕は酷い奴だ。


 利吉さんは昼過ぎに食堂にご飯を食べに来た。名前ちゃんと約束をしていたようで、二人並んで食事を取っていたのを僕は知っている。多分、僕が名前ちゃんのことを好きじゃなければ二人の間に割って入って一緒に食事を取っていただろう、そう考えると僕は気が利かない困った奴なのかもしれない。けれど僕は名前ちゃんが好きで。余計な意識なんて持つものじゃないと思った、変に気を遣ってしまうから。きっと僕が二人と一緒に食事をとっても、何の違和感もないだろうし二人もしょうがないと許してくれるだろう。でも僕はそれができない。
 昼ごはんを終えて少し経ったころ、吉野先生におつかいを頼まれた。少し荷物が多いらしく、僕一人だと中身を転がしかねないと名前ちゃんも一緒に呼ばれた。いつもなら嬉しいことなのに半分申し訳ないような気持ちになったのは、呼び出されて少し残念そうな顔をした名前ちゃんを見たからだ。まだ利吉さんは学園内にいるのだろう。

「ごめんね、つき合わせちゃって…」

 いいのいいの、と名前ちゃんはちょっとだけ無理して笑った。僕一人でも何とかなりそうだった荷物を二人でわけて持ちながら、学園への帰り道を歩く。心なしか、彼女は少し急いでいるようにも思えた。次利吉さんが学園に来れるのは、急に予定が空かない限り大分後らしい。
 村から山道に入った、こっちの方が近道だと彼女が言ったからだ。小松田くん迷いそうだね、と名前ちゃんが笑うからそうかなぁと僕も笑った。迷ってしまいたいと思った僕が居て、嫌な気持ちになった。迷って夜になれば、学園に帰っても利吉さんはもういない。

「ひっ…!!」

 短い悲鳴が聞こえた。考え事をしながら歩いていた僕の横に気がつけば名前ちゃんはいなくて、慌てて振り返るとまず転がった荷物が目に入って、普段なら絶対に荷物を落とさない名前ちゃんのつま先が映った。目を見開いて視線を上げると、知らない男が数人彼女を取り囲んでいた。――山賊だ。僕は驚いて駆け出した、その足音に気付いた彼らが鋭い視線で僕を睨む。
 僕は震える顎を動かして必死に声を振り絞った。

「お、おまえら何者だ!!」
「こまつだく…」
「何だぁこいつ。邪魔だな、おいやっちまえ」

 頭と思われる男がそう言うと、残りの奴らが僕に襲い掛かってきた。ただでさえ僕は弱いのに多人数に叶うわけがなかったけれど、ここで一人で逃げたくはなかった。どうしても名前ちゃんを助けたかったから、必死に手足を動かして隙があれば名前ちゃんを連れて逃げようと思った。
 身体のあちこちが痛い。上から頭を踏まれて押しつぶされそうだ。最後に僕を賊の一人が一蹴りして、僕から離れていった。頬が地面に貼り付いて動かない。こんなところでまでくっつくなよ、とあちこち痛む身体を恨む。
 何とか起き上がるとまだそこに奴らも名前ちゃんも居た。嫌がる名前ちゃんの悲鳴を男たちが手のひらで押さえ込むところだった。僕は力を振り絞って足を動かし体当たりをしようとしたけれど、気付いた男にもう一度腹を蹴られて再び地面にしがみつくことになった。
 地面を通して足音が遠のいて行く。僕が邪魔だから、隠れ家で楽しもうぜ、と話すのが聞こえた。
 僕は何とか立ち上がって彼らの向かう方向を確認すると、悔しさを振り絞って走り出した。


「…山賊?」

 また僕がドジをやらかしたのだろうと職員室までの道のり僕をみかけた人は思ったのだろう、大丈夫ですか、とのんきに声をかけられたけれど僕はそれどころではなくて、扉を開いて利吉さんの姿を見つけると、目を見開いた彼に経緯を説明した。名前ちゃんが連れ去られたことを真っ先に話すと、居ても立ってもいられなくなったのか、すぐに立ち上がって場所と人数を聞いてきた。

「頑張りましたね、小松田さん」

 利吉さんがすぐに出発して、そこにいた山田先生に連れて来られた保健室で、僕の傷に薬を塗りながら伊作くんが優しく笑ってくれた。利吉さんが向かったからもう大丈夫だろうと皆安心しているのだろうか。吉野先生も向かってくれたそうだけど、利吉さんだけで問題はないだろうと僕自身も思っていた。
 頑張った。伊作くんの言葉を頭の中で繰り返して、すぐに情けなくなる。どんなに頑張っても僕は利吉さんの足元にも及ばないだろうし、どうすることもできないのだ。泣きたくなったけど、それだけは何とか堪えた。

「…僕じゃ駄目なんだよね」
「え?」
「僕じゃ助けられなかった」

 悔しくて零れたその言葉を彼はどう受け取っただろう。ただ優しく、眉をハの字に下げて微笑んで、ただ僕の傷を処置してくれた。
 きっと利吉さんは名前ちゃんを颯爽と助け出し、その髪を優しく撫でるのだろう。彼女は彼にすがりついて安心したように泣き出すに違いない。
 その相手が僕だったらよかったのに。
 そんなことを考える僕自身に吐き気がして情けなくて嫌になって最低で、嫌悪感で泣きたくなった。

「ほんと、僕って駄目だなぁ…」

 自嘲めいた笑いを交えてそう呟くと、そんなことないですよ、と伊作くんが言った。そんな慰めの言葉聞きたくなくて、それでも言ってほしかったんだろう僕は、本当に困った奴だ。


(2008.07.01)


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