薄らと目を開く。居心地の良い畳の匂いを感じながら、徐々に建物の外のざわめきが脳にその存在を伝えてくる。壁を隔てた先の人々の声は明るく、賑やかだ。そしてこの場所は其処から切り離された別世界のように、静かで、暖かで、居心地が良い。
 半身を持ち上げてやっと、俺はかけられたタオルケットに気づいた。触れればふわりと、ざらりとした独自の感触が肌に心地良い。
 それとちょうど同じタイミングで、聞き慣れた俺よりも大分高く澄んだ声が、小さく鼓膜を震わせた。

「あ、起きた」

  ふわりと両目を細めた苗字が顔を上げる。壁に背中を預けてなにやら書類と向き合っていたこいつがこのタオルケットをかけてくれたのだろうということは、も しこいつが其処にいなくとも、数ヶ月を部活動で共に過ごしてきた俺には気づくことができると思う。最早それは当たり前のことで、自然なことで、変わらずに 安らかな気持ちをくれる事実。
 おはよう、と笑うそいつに、俺も短く挨拶を返した。心臓がちょっと、くすぐってぇと思う。不思議だ。

「…なあ、俺どんだけ寝てた」
「そんなでもないよ、三十分くらいかな」
「ん」

 堪えることもせずに欠伸を零す。うんと伸びて首を回すとコキリと鳴った。程よい疲労感をじわりと感じる。
 新入部員獲得のため行った文化祭の催しは、思った以上に客も寄せられ成功だと言えると思った。まあそれでも、悔しさは消えないんだけどな。29人なんて中途半端だ、せめて切り良くあと一度、30までいければよかったのに。
 でも俺は忘れない。皆がくれた拍手の温かさ。おつかれさまと笑ってくれた、こいつの柔らかな顔を。

「…そういやおまえ」
「ん?」
「あれからずっとここにいたんか」
「うん。お客さん見送って…片付けとかは特になかったから、それからはゆっくりしてたよ。あ、さっきのデータも一応まとめておいたからさ、後で確認して」
「おう。…、クラスの出店とかは?」
「部活の出し物の話はしてあるし、私の当番午前中に終わったから平気。不二山くんも食べに来てくれたじゃない」
「そうじゃなくて。回ったりしなくてもいいのかって話だ、他のクラスの出店」
「あ、そっか。じゃあ今から回る?」

 首を傾げてそう尋ねてくる無邪気さに、俺の言いたいことが上手く伝わっていないのだろうということがわかった。そうじゃない、今からとかじゃなくて、俺が寝てる間の時間おまえは損をしたんじゃないかってことを言いたかったのに。寝てる俺なんか放っていってもよかったのにって、きっと伝わっていないだろう。
 でも、目が覚めたときにこいつが居なかったときのことを考えて、俺はそれ以上言うのをやめた。きっとこいつのことだから、もし俺を置いていくとしても、このタオルケットはかけてくれるんだろうけど。それだけでもまあ、嬉しいと思えるけれど。
 俺はもう一度、さっきこいつがおはようって言ってくれたときの、くすぐったい感じを思い出す。

「…、不二山くん?」
「ん?」
「ぼうっとしてるけど。まだ眠たいの?」
「んー…いや、もう平気。回るんだろ、行こう」
「あ、うん。着替えるよね、私先出てる」
「いいよ、このままで平気」
「えー!柔道着で回るの、クラス出店?」
「午前中もそうだっただろ。それに、宣伝になっていい」
「あ、じゃあ何か立て札みたいなの持とうよ!柔道部に入部してたもー!って」
「そこまではしねえ、ていうか誰だそれ。ほら、行くぞ」

 話途中に立ち上がっていた俺は、苗字の前で手を差し伸べた。こいつも座っていたから立ち上がるだろうと思って。
 目を見開いて一瞬だけ俯いた苗字のその仕草の理由はわからなかったけど、すぐに手を伸ばしてきたから、しっかりと小せぇ身体を引っ張り上げる。手もやっぱり、小さかった。また、胸らへんがくすぐってぇ感じになる。
 隅っこに放ったタオルケットのあの感触も好きだけど、俺はこっちの方が断然好きだなと思った。ちいせえけどあったかくて、柔らかくて、心地良い。安心するんだ。こいつの手はすげぇ。やっぱり、俺の判断は間違っていなかった。こいつをマネージャーにして正解だ。

 立ち上がった苗字が手を離そうとして、俺はもう少し握ってたかったから少し力を入れてみたら、何?って少しどもりながら見上げてきたその表情と声が、少しいいなと思った。何がいいのかは俺にもよくわかんねえんだけど。


(2010.07.27)


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