クラスの女子たちの落ち着きの無さで思い出した、今日はバレンタインデーなのだ。そういえば数日前から新名がこの行事に関して何か言っていた。
 仲の良い奴とか好きな奴とかに女子がチョコレートをあげる日。そんな話したことねえ奴がくれたりもしたけど、まあ食いもんもらえんのは嬉しい。すぐ食ったけどわりと美味かった。
 こんな風に特別仲良くもねえ奴がくれるってことは、苗字はマネージャーだし絶対俺にくれるんだろうと思っていた。案の定、にこにこ笑いながらそいつはやってきた。手に持った箱を受け取る。

「……、手作り?」
「そう、頑張ってみました!」
「へえ、いいな」

 蓋を開ければ、何か色々飾りの乗った、結構でけえチョコレートが顔を出す。俺の好きなもんが乗ってて嬉しくなる、さすがこいつはわかってるなと思った。礼を言って、鞄に仕舞う。これは後で家で食おう、美味そうだ。

 そんなこんなで俺の“バレンタインデー”は過ぎて行き放課後となる。下駄箱で新名と会ったから一緒に帰ることにした。
 ふんふんと鼻歌を口ずさみながら上機嫌の新名は両手に持つ紙袋の中に大量のチョコを入れている、すげえ量で驚いた。知ってたけど、こいつには仲の良い女子がすげえいるんだな。苗字のチョコもどっかにあるんだろう、新名のチョコにも同じものを乗せてんのかな。俺とこいつは、結構好みが違うと思うけど。

「すげえ量だな」

 感想を素直に口に出すと、新名はへへーとだらしねえ顔で笑う。紙袋は振り回す割りに、肩にかけた鞄は大事そうに持っていた。

「そういや苗字からもらったか?」
「へ?ああそりゃ、もー、とーぜん!名前ちゃんが俺にくれねえわけねえもん」
「ふーん」
「…あぁ、俺ってか、俺らね。嵐さんももらったんでしょ?」
「うん、もらった」
「でもまさか、あの店のチョコくれるとはねー、奮発したなあ名前ちゃん」
「あの店?」
「ああ、有名なブランドのなんすよーあのチョコ」
「手作りじゃないんか、あれ」
「あははんな馬鹿な!ほら、このマークあるっしょ?これがここのブランドマーク、見たことねえかなあ。デパートとか行かなそうっすもんね、嵐さん」

 そう言って、大事そうにもっていた鞄の中から新名がひとつの高そうな箱を取り出した。確かにあれだ、ブランド、っぽい高級感のある包装がされている箱だけど、俺は首を捻る。俺が持っているのとこれは、全然ちげえ。 

「俺、これ持ってねえ」
「え?」
「こんなんもらってねえよ、包み紙もこんなすげえのじゃなかった」

 俺がそう言うと、新名の唇が一瞬ひくりと嬉しそうに釣りあがったのを見た。なんだかよくわかんねえけど俺はそれに少しムカついて、俺のもらったのを見せてやろうと鞄を漁る。
 丁寧なラッピングの施されたそれを取り出すと、釣りあがりかけた新名の唇が、薄く開いた。目を瞠った新名は、あー、と小さく唸る。

「…、中身は?」
「チョコレート」
「いやまあ、それは、そうだろうけど」
「手作りっつってたぞ、アイツ」

 ひらりとチョコレートの箱を振って、俺は鞄に再び戻した。
 冷てえ風がひゅうと吹く。さみ、と俺が零して、でも新名はんなこと聞いていなかったように、呟いた。

「へえ…そっか」

 これは、風への返答じゃないはずだ。
 羨ましそうな、恨めしいような色を含んだその声に、俺は小さな優越感を感じる。何でだと聞かれても、上手く答えられねえんだけど。
 もう、隣から鼻歌は聞こえなかった。ぽつぽつと話をしながら、どこか項垂れる新名と帰路を辿った。


(2010.07.30)


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