下駄箱で会った。基子ちゃんに良く似た後姿。

「井浦くんおはよ」

 声をかける。良く似ているけれど、基子ちゃんより広い肩幅や上履きを取り出すため伸ばされた腕の筋なんかを見ると、やっぱり彼はお兄ちゃんで男の子なんだなと感じる。
 振り向いた井浦くんは、私を見てぱちりと一度瞬いて、上履きを持った手を勢い良く引いて何だかちょっと驚いたような顔をしてから、ああ、おはよ、と言った。落ち着いた低い声も、やっぱり男の子なんだなと感じる要因のひとつとなった。

「この間はお邪魔しました」
「いや、モト喜んでたし。クッキー美味かったし」
「でしょ。隣駅の駅ビルの中に入ってる喫茶店のクッキーなんだ」
「へぇ、そういや何か前テレビ出てたっけ」
「そうそう、そこ」

 井浦くんは上履きを履きながら、私は少し離れた下駄箱に向かいながらの会話は淡々と、スラスラと進む。
 そこに、おはようと新しい声が加わった。

「あれー?珍しい組み合わせ!」

 同じクラスのレミちゃんと河野さんだ。二つに結んだレミちゃんの揺れる髪につられて視線を動かした私は、二人に向かって小さく手を振りおはようを返した。

「そうだよね、一緒にいるところ初めて見たかも」

 河野さんが興味深げに眼鏡の奥の瞳を細めて訪ねてくる。私は軽く首をかしげた、求められているのは私と井浦くんとの関係だろうか。とはいえ大して面白いものが返せるわけでもないけど。日本人らしい曖昧な表現で返すべきか、まあ基子ちゃんの話を正直にすればいいか。私は薄く唇を開いた。

「うん、なんか」
「いやねこないだうっかりばったりしちゃってさ!俺の妹と苗字さんが友達なんだよねーいやマジ世間って広いようでせめーよ全く、苗字さんもそう思うよね?俺もそう思ったおっあっ予鈴だ早く行かなきゃそんじゃまた!」

 去っていく背中。緑の髪。ちなみに、予鈴は鳴っていない。
 まるでスイッチが切り替わったように声もからっと明るくなった井浦くんの、誤魔化すような困ったような笑顔が離れない。照れくさいっていう感じじゃなくて、やり難いとか、そういう感じの笑顔だった。河野さんは井浦くんの行った方向を見て首を傾げていたし、レミちゃんはなんだか不思議な笑みを浮かべている。

「相変わらずだねー…」

 河野さんのその言葉から、彼女たちの前でいつもあんなハイテンションなんだということがわかる。私の最初に抱いていた明るい彼のイメージはきっと、間違えていなかったのだろう。
 上履きを履き終えた私は、特に教室へ向かう以外の用事も無いのでこのまま二人と共に階段を上がって行こうと、レミちゃんと河野さんの方に向き直り二人の準備が済むのを待った。レミちゃんが先に履き変え終えて、それから、ずいっと私の方へその可愛らしい顔を近づけてくる。

「で?」

 …で?
 私はその問いの意味がわからずぱちくりと瞬いた。レミちゃんは何と言うか、うひひ、という感じで笑っている。何だかとても楽しそうだ。
 河野さんも意図をつかめないようで、私と同じようにきょとんとした顔でやりとりを見ていた。

「だぁからー、ほんとはどうなの?井浦くんと!」
「え、」

 ああ。なるほど。

「いや、ほんとにさっき言ったまんまだよ、井浦くんの妹と友達でさ」
「そうなの?なんだ、つまんない」
「あはは、そういうことか」

 河野さんが笑う。
 女子も男子もそうだけど、この年頃だと何でもかんでも恋愛に結び付けようとする癖がある。多分、レミちゃんの勘ぐりに深い意味は何もなくて、ただ面白いことを探していただけなんだろう。そうに決まってる。

「…そっかあ」

 知らず、私は呟いていた。家で出会った、どこか物静かな面。周囲をかき回す、賑やかな面。笑顔。仏頂面。ぽつりぽつりと会話したついさっきのワンシーン。下駄箱に伸ばされた、基子ちゃんとは違う骨ばった手を思い出す。私とは違う筋の通った腕を思い出す。男の子なんだなあ、と思ったのを、思い出す。
 この年頃だと何でもかんでも恋愛に結び付けようとする癖がある。それは、私も同じ。きっかけがあれば、意識がそちらへ向いたなら。きっと、何でも恋になる。思い込みは、恋になる。
 予感、だけれど。結び付けたいだけなのかもしれないけれど。
 ん?とレミちゃんが言って、河野さんが首を傾げた。私は、何でもないと首を振って廊下に足を向ける。教室に向かう私の足取りは、何だか少しふわふわしていた。
 今度こそ予鈴がなった。



(2010.12.23)


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