強い国は怖い。アルフレッドさんもイヴァンさんもルートヴィッヒさんもベールヴァルドさんも怖い。いつも私は会議で発言できないし、目も合わせられないし、反論なんてとんでもない。
 荷物を胸の前に抱えてキョロキョロしている私を見て、イヴァンさんから「小動物みたいだね、僕小動物飼いたいなぁ」なんて言われた日の夜は眠れなかった。いつ攻められるかをずっと考えていて、その後そのことをトーリスさんに相談してやっとぐっすり眠れるようになったのだ。私はまだまだ弱いから、どうやって侵略されないようにするかをセーシェルちゃんと一緒に相談するのが日課なくらい、それを恐れていた。
 その中でも私が一番に怖いのはアーサーさんだ。アルフレッドさんもイヴァンさんもルートヴィッヒさんもベールヴァルドさんも、根はいい人で話すと柔らかく接してくれる(ときもある)し、私が困っているときに支援してくれたこともある。
 でもアーサーさんは話したことはあるけれど何だか口調も荒いしいつも怒っていて、他の人との会話を聞いていても、特にアルフレッドさんやフランシスさんなんかと話すときは何だか怖いことをたくさん言っているような気がする。セーちゃんなんか、出会った瞬間に植民地にされかかったそうだ。絶対怖い、絶対絶対怖い。
 だから私は、極力アーサーさんとは近づかないようにしていた。とはいえ、私みたいな国とアーサーさんとはあまり話す機会そのものがないのだけれど。

 そんなある日、会議を終えて少し周りの国の人たちとおしゃべりをしたため、終わった直後よりは人気の少ない廊下を私は歩いていた。この後は特に用事もないから、家へ帰って街の様子でも見に行こう。天気も良かったから足取りは軽く、あまり注意もせずに曲がり角を曲がる。
 誰かとぶつかった。

「うわっ」

 驚いたような声をあげたのはアーサーさんだった。だから、私も思わずびっくりして出そうになった声を飲み込んだ。反動で尻餅をついていたから、すぐに動けない。どうしよう、怖い、侵略される。

「っと…あー、わるかっ」
「ごごごごめんなさい!!!!!!」

 何かを言われる前に思い切り立ち上がり謝罪の言葉をぶつける。勢い良く発したそれは思ったよりも大きな声になって、廊下に響いたその声を聞いた周りの国が数名こちらを向いていたけれど私はそれどころではない。
 アーサーさんも驚いていて、口は半開きで、その半開きの口で何かを言おうとしていたけれど私はそれを聞くのが怖かったから、体を回転させて元来た道を走った。必死に走った。

「おい!!!」

 アーサーさんの声も聞こえたけど、やっぱり怖かったから私の足は止まることなく走って走って、会議室に飛び込んだ。
 フランシスさんがいた。驚いた顔をしていた。そりゃそうだろう、いきなりものすごい勢いで私が飛び込んできたんだから。

「…どうしたの、名前」
「いや、その、いま、あの、」
「うん」
「い、いぎ、いぎり…!」
「アーサー?あいつに何かされたの?」

 落ち着かない私の発する言葉は途切れ途切れで、でもそれをフランシスさんは読み取って、心配そうと言うよりはどこか楽しそうに口元を緩めながら私に近づいた。
 私は深呼吸をして自分を落ち着ける。

「い、ま、そこの廊下でアーサーさんにぶつかって…」
「ぶつかって?」
「こ、」
「こ?」
「こわかった…っ!!」

 溜まっていたものを吐き出すように私はそう言った。
 フランシスさんはそれを聞いて、何度か瞬きをすると、何が面白いのか私にはわからなかったが突然笑い出した。ぶは、と噴出してからケラケラと、楽しそうに笑っている。
 私はやっと落ち着いた息を吸いながら、その姿を見て首を傾げた。

「…どうしたんですか?」
「いや、だってあいつが怖いとか…!まぁそうね、元ヤンだしね、突っ張ってるからね、無駄に偉そうだし」
「普通に怖いですよ」
「俺は怖い?」

 そんなことないに決まっている。
 大体フランシスさんが怖かったら今私はこんな風に話せていないし、フランシスさんが怖かったらアーサーさんなんて怖いなんてもんじゃない、もっと上の、恐ろしいところに存在してしまう。フランシスさんは目が合うと笑ってくれるし、話していても柔らかい雰囲気で、恐怖はなかった。
 だから私は首を横に振った。くすくすと笑い声が返って来る。

「なんで笑うんですかー」
「いやね、アーサーは俺より腑抜けでヘタレなさびしんぼちゃんだよ」
「…へ?」
「そんなあいつが恐れられていると思うと…ぶは、マジうけるー」
「へ、へたれ?さびしんぼ?あのアーサーさんが?」

 私には想像できなかった。大体寂しいならあんなに荒々しい言葉なんて使わないだろうし、とげとげしい雰囲気も持っていないだろうし。私こそさびしんぼだ、私とアーサーさんは全然違うではないか。
 まだ笑いながらフランシスさんは、まぁ、なんだ、と言葉を繋げる。私が視線を向けると、腕を組んで何度か頷いた。

「そんな恐れるようなやつじゃねーよ、あいつは。むしろからかってやってくれと言いたいね俺は」
「いやいやいや無理ですよ!!怖いもんは怖いです!」
「ふはっ、まぁいいさ、そのうち何であの頃怖かったんだろーって思うぜ絶対」

 じゃあな。未だに落ち着かない笑いを含みながら、ひらひらと手を振ってフランシスさんは会議室を出て行く。
 もしかするとアーサーさんは、本当は怖くない人なのかもしれない。フランシスさんの話を聞いて少しだけそう思った。私が怖い怖いと思っているから怖いと感じてしまうだけで、本当は優しい良い人なのかもしれない。そうだ、きっとそうだ、そう思おう。
 そんなことを言い聞かせながら、もう誰も居ない会議室を出ようと扉を開いた。

「あ、おまえ」
「ひぃいいごめんなさいいいい!!!!」

 ばたん。
 私を追ってきたアーサーさんの顔を見た途端思わず閉めてしまったドアの音がやけに大きく室内に響く。アーサーさんが何か慌てた様子で言っているのが聞こえたが、やっぱり怖くてドアの鍵を閉めてしまった。

 フランシスさん、やっぱりアーサーさん怖かったです。



(08.0113)


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