「苗字ー!!!」

 コンビニから丁度出たところでいきなりこんな大声でクラスメイトに苗字を呼ばれたもんだからたまったもんじゃない。周りにいた人間がいっせいに私の方を見るがしらんぷりで私はそのまますたすたと歩みを進める。シカト!?と更に大きい声でつっこみが入るので私は諦めて足を止めた。もちろんシカトなんて冗談だけれども。

「ひっでぇなー」
「大声でいきなり呼ぶほうが悪い。若菜もコンビニ?」
「おーいえす!だからちょっと待ってて」
「は?」
「だって苗字買い物終わっちゃったじゃん」
「うん」
「だからちょっと待ってて」
「え、だから意味わかんな――ちょっと!」

 私が呼び止めるも若菜は颯爽とコンビニへ。追って中に入ろうかとも思ったけど面倒だったので、携帯を弄りながら目立たないところで待っていた。よく考えたら若菜とこうして外で会うのは珍しい。家もそこまで近いわけじゃないし、たまたまあまり行かないお店に用があったからその帰りにこのコンビニによってみただけだったんだけど。あそうか、ここって若菜んちの近くなのかな。

「おまたせっ」

 語尾を弾ませて若菜が走ってくる。壁に寄りかかっていた私は姿勢を正すと、若菜のコンビニ袋の中身を覗く。

「アクエリにガム」
「ん、そ」
「何すんの?」
「喉渇いたからねー、サイクリング途中なわけよ俺」
「ふーん」
「じゃ行こうか」
「はい?」

 がちゃりと音を立てて自転車の準備をする若菜。スーパーの袋を籠につっこむと、ほれと片手を私に差し出した。私の荷物をよこせ、ということらしいけどちょっと待て、何かがおかしい。

「待って、急展開すぎてわけわかんないんですけど」
「連れてきたい場所があんだよ」
「私を?」
「そ。ここからそんな遠くないからさ、頼むって!日が沈むまでには終わる!」
「日が沈む…ってあとちょっとか。いいけど、どこそれ」
「いーからついて来いって」

 携帯の時計と空を見ながらわかったよと頷いた。もうそろそろ空が赤く染まり始める時間だ、ということは一時間なしで解放されるのだろう。それに、その場所がどんなところだかも気になる。

「にしても何で私?」
「んー、まぁ、運命的にここで出会ったからな」
「はぁ?」
「あ、苗字はチャリじゃないのか。後ろ乗る?」
「や、いい」
「ケチ」
「ケチってあのね」


*


 若菜は自転車を押して、私はそれについて、坂を何度か上りつつ15分ほど談笑しながら歩くと、小さな寂れた公園にたどり着いた。その入り口に若菜は自転車をとめて、公園の奥へと進んでいく。

「ずっとこういう場所探しててさー、先月あたりに見つけたの!もー俺すげー感動しちゃって!」

 開けた景色。見渡せる街は太陽の光にあたってとても綺麗で、沈んでいくそれも赤く輝いていた。吃驚した。映画とかに出てくる景色ほど綺麗ではないけど、それでも確かに太陽の沈んでいく様子とか、空の広さとか、自然を感じられる場所で。

「こういうの好きだろ?」
「うん、写真撮りたい」
「俺とツーショットでよければ」
「や、いい」
「ケチ」
「だからケチってあのね!」

 いつものように若菜に顔を向ける。なんだか不思議な気持ちになった。若菜の顔が、夕日に照らされてとても綺麗に見える。もともとこいつの顔立ちは整っていたし、何故だか妙に真剣な顔をしていたので、目が合った瞬間不覚にも少しだけ心臓が高鳴った。…少しだけ。

「俺ロマンチストだからさぁ」

 私から目を逸らすと、空へ視線を向けて口を開く若菜。うん、と何だか小さい声で次の言葉を促す私。よく考えてみれば、いきなりここへ連れてきたい、と言われたときからなんとなく気付けばよかったのかもしれない。

「こういうのに憧れるわけね」
「…こういうの?」
「そ。夕日が沈む中で」
「うん」
「好きな子に告白?」
「…はっ」
「あ、鼻で笑った」
「どんだけ乙女よ」
「だから言ったじゃんかさっき、運命的だって」
「あー」
「ここ来るとき毎回苗字に会えたらなーと思っててさー」
「…あー」
「で、」

 ふいに掴まれた手首。此方を向いた若菜が口の端を吊り上げて笑っている。私は今どんな顔をしているのだろう、きっと間抜けな顔に違いない。だからそんなに見るな、恥ずかしい。思わず私は目を逸らして、


「いったい俺は今から誰に告白するでしょう?」
「ばーか」


(07.0524)


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