ボールを蹴る姿がかっこいいと思いました。授業中真剣に先生の話を聞く姿や、ふと窓の外に向けた視線だとか、誰かと話しているときに楽しそうに笑う顔も、全部かっこいいと思いました。

「ごめん、俺今誰かと付き合うつもりねーし」

 私を振る時の姿までかっこいいと思って、だから、教室に帰った私はすぐに泣きました。



 三上くんは去年から同じクラスだけど、だからってそれだけで、一年間の間に三回くらいしか話したことなくて、そのうち一回が告白したときだし、メルアドすら知らない駄目駄目な関係だ。しかもふられた。別に、それはあんまり関係ないんだけど。
 私は、そりゃあわよくば付き合えればいいなって思ってたけど、とりあえず自分が三上くんのこと好きなんだよって知って欲しくて、告白した。何だか振るのに慣れてるような気がしてちょっぴり切なくなったけど、そんなことわかってたからそんなにショックは深くなかった。まぁ、そりゃ悲しくて泣いちゃったけど、別に今までの関係が深かったわけじゃないし、大して変わらない。
 あれから時が流れて三年生になって、クラスはそのままで、だから私はまた三上くんと同じクラスだった。行事の係で三上くんに話しかけなくちゃいけないときが何度かあったけど、私はもう開き直っていたから、すごく普通に三上くんに話しかけたし、三上くんもすごく普通に返してくれた。むしろ、前より仲良く話せたような気さえした。
 だけど私はまだ三上くんが好きだった。三上くんはそれを知っているだろうか。

「あれ、苗字」

 委員会で遅くなって一人教室に残っていると、部活着の三上くんがやってきた。今まで会いたい会いたいと思っていても全然会えなかったのに、特に何とも思わない日に限って現れる。
 だからといって嬉しくないわけじゃなくて、久しぶりに見ることのできた三上くんの制服以外の姿に、私はドキドキと胸を高鳴らせていた。

「どうした、課題?」
「ううん、委員会。三上くんこそ部活は?」
「あぁ、今日早く終わったんだよ。で忘れもんしたから取りに来たの」
「へぇ」

 三上くんに忘れ物させてくれてありがとう、と私は心の中で小さく呟いた。そして、委員会が長引いたことにも感謝した。
 だけど三上くんはすぐに教室を出て行こうとしていて、それはまぁ当たり前なんだけど、でもせっかく会えたのにもったいないと思ったから、思わず私は引き止めてしまった。

「行っちゃうの?」

 だなんて、まぁ私も特別何か用事があるわけじゃないからその背中を追えばよかったんだけど、廊下に出てしまうと他の人もいるだろうから、これ以上親しく話せる気がしない。これだけ話せただけでも喜ばなきゃとも思うんだけど、でも。

「あぁ、まぁ」
「そっか」
「…なに、俺に居て欲しいの?」

 意地悪く口の端を吊り上げて笑う三上くんのその表情はどこか色っぽくて、私は緊張してしまう。たまに見ることはあるけれど、私相手には滅多に見せない表情。
 本当なら、冗談めかして首を横に振って、それでバイバイするべきなんだろうけど、私も何か三上くんの印象に残りたいと思って、だから、頷いてしまった。
 三上くんは、きっとそう返ってくるとは思っていなくて、だから目を丸くして私を見つめた。それから何でか噴出して、扉に寄りかかりながらけらけら笑った後、教室から出ないで私の方へ一歩、二歩、近づいた。

「なぁおまえって、まだ俺のこと好きだろ」

 来た、絶対に言われると思ったこの言葉。身構えてはいたけれど、手先も足先も冷たくなって、一気に緊張が襲ってくる。顔が熱い、きっと赤いだろうな。

「…うん」

 必死になって首を一度縦に振って、全然余裕がなくてガチガチだったけれど、三上くんはその意地悪そうな表情を緩めて、少しだけ優しく笑ってくれた。あぁまた、心臓が大きく鳴る。駄目だよそれは、反則だってば。
 私がそのまま何も喋れずにいると、三上くんは私の目の前にやってきて、もう一度意地悪く笑った。

「おまえが、俺が苗字のこと好きになるよう努力するってんなら、付き合ってやってもいい」

 頭の中が一瞬真っ白になった。
 それは、つまり、付き合っていく上で、三上くんが私のことを好きになってくれるように努力する、っていうことだろうか、私が。そうだとしたら、ええと、どういうことだろう。付き合ってくれる、ってことだ。チャンスをくれるってことだ。それは、つまり、そう、だから、その。

「い、いいのっ!?」
「いいっつってんだろ、おまえ次第だけど」

 嬉しくて泣きそうになりそうな私の頭を一度叩くと、アドレスくらい知っておけ、と携帯を突き出されて、私は慌ててそれを登録する。ずっと好きだったのに、ずっと聞けなかったアドレスと電話番号。もう、どうすればいいのかわからないくらい嬉しかった。
 後で私が三上くんにメールを送ることになって、三上くんに携帯を返すと、一度頭をぼすり、叩かれる。何かと思って見上げた。

「がんばれよ」

 そう言い残して三上くんは教室を去っていった。
 がんばれよ。…あぁ、そうだ、三上くんが私のことを好きになるようにがんばらなくちゃいけないんだ!それって、すごく難しいことなんじゃないかって思う。
 私は力が抜けて、教室の床に座り込んだ。ああでも、すごいチャンスだ。絶対に失敗できない。まずは、どんなメールを送ればいいか、そこからだ。
 しばらく放心状態だった私は鞄を引っつかんで肩にかけると、携帯のディスプレイと睨めっこしながら教室を出た。下駄箱から着替え終わった三上くんが他の部員と外を歩いて行くのが見えて、そんな私に気付いた三上くんが、バーカ、と私に向けて口パクをしたのが、何だか特別になれた気がしてすごくすごく嬉しかった。ああ駄目だ、まだ好きになってもらわなきゃいけないんだから。
 きりっと気持ちを切り替えて、だけど浮かれたままの私が上履きのまま寮に向かってしまったのは、三上くんには内緒の話。



(08.0207)


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