駅前のコンビニでものすごい美人がバイトをしているって話で今日の昼休みは持ちきりだった。
 どうにもすごいナイスバディでクールなお姉さんらしい。何でこの人がコンビニでバイトをしているのかわからない、という話だった。俺も見た!という意見が多数出て、デマ情報じゃないことがわかった。
 そのコンビニに世話になったことのない俺は、今日、友達と三人でそのコンビニに繰り出すことになった。
 ナイスバディなクール美人がコンビニでバイト。正直、すごく楽しみだ。

「いた!」

 と友達の嬉しそうな声が小さく響く。
 コンビニの自動ドアが開いた瞬間飛び込んできたのは確かに綺麗なお姉さん。背がすらっと高くて、美人だった。胸も大きい。確かに来てよかった。多分俺が横に並んで歩いたら、弟とかそういうポジションだと思われるだろう、絶対につりあわない。けど綺麗。いいなぁ、また来よう。
 友達もそう思ったようで、また来ような、と嬉しそうに言いながら雑誌を開いて、ちらちらとカウンターを気にしていた。俺は雑誌を読む気になれなかったので飲み物でも買おうかとペットボトルの並ぶ棚へ向かった。
 何か作業をしている店員に少しだけぶつかってしまった。足が当たってしまった、くらいだったんだけど。

「あ、すいません」

 いた!と、俺は思った。それは決して痛いとかそういう意味じゃなくて、見つけた!とかそんな感じ。
 ペットボトルを追加していたバイトだろう女の子がものすごく可愛かった。いや、あの美人お姉さんみたいに特別すごい綺麗とか可愛いとかそういうんじゃないんだけど、持ってる雰囲気が俺好みすぎる。すごい可愛い。癒される。かわいい。多分、そんなに歳は離れていないだろう。
 ペットボトルを選ぶフリをしてその子のネームプレートを見る。苗字。苗字さん。よし、覚えた、絶対に忘れないぞ。
 俺はナイスバディな美人店員さんのことなんかもうどうでもよくなっていた。雑誌を読んでいた友達のところへ戻ったら苗字さんがカウンターに入っていたので、あの子も可愛くない?と聞いたけど、まぁな、という生返事が返って来ただけで、友達は二人ともそこまで興味はないようだった。それよりも、美人のお姉さん目当てのようだ。
 別に何があるわけでもないけど、俺はよっしゃあ、と思った。敵が二人分消えた。いや、別にアタックするとかそういうつもりはあんまりないんだけど、でもあわよくば、とか。
 俺はペットボトルを持って、友達二人は雑誌やらお菓子を持ってカウンター前に並ぶ。
 二人はもちろん美人お姉さんのところ。俺は迷うことなく苗字さんのレジに並んだ。
 改めて正面から見てもやっぱり可愛い。あの美人お姉さんなんかよりもずっといい。値段を告げる声、テープでよろしいですか?と尋ねる仕草、そしてテープを貼る指先も、全部いい。全部ツボだ。こんなことってあるんだなぁ。

「ありがとうございました」

 笑顔が素敵なところもまたツボだった。何でこの人はこんなにいちいち俺の好みをついてくるんだろう。ああもう、何だか幸せだ。またこのコンビニに来よう、と思いなおした。もちろん、目的は二人とは別で美人お姉さんじゃないけど。
 ニヤニヤしていると友人二人にどつかれた。あの胸いいよなぁ、って、俺はそれでニヤついてるんじゃないんだけど、何も言わないでおく。あの可愛さに二人が気付いてしまうのは、なんだか嫌でさ。俺は構わず笑い続けた。



***



「あ!」

 思わず声を上げてしまった。名前まで呼びそうになってしまったのは頑張って堪えたんだけど。
 振り向いた苗字さんは制服姿で、やっぱり可愛かった。やっぱり学生か、この制服は見たことあるから、同じ年の可能性もあるかな、そうだったら嬉しいんだけど。
 で、まぁあたりまえなんだけど、苗字さんはびっくりした顔をしていた。まぁ、そりゃ、いきなり話しかけてしまったし、多分苗字さんは俺のことは知らないから。悲しいけど。
 この前のコンビニとは全然関係のないスーパーで俺は苗字さんと出会ったのだった。笑えるのは、割引中の卵を二人とも籠に入れていたこと。俺はチラシを見た母さんに頼まれて来たんだけど、苗字さんはどうなんだろう。どうでもいいことを知りたくなったけど、どうでもいいから俺はそれを聞かなかった。
 というよりも、そんなことを聞く前に俺はこの状況をどうにかしないといけなかった。苗字さんは俺が声を上げたから、驚いて振り返ってから訝しげに俺を見つめている。俺はそんな状況に頭が真っ白になって、どうしたらいいか固まっていた。
 とにかく、この状況を打開しなくては!口を開け、俺、口を開くんだ、口を!

「ご、めんなさい、あの」

 謝ってどうすんの俺!いや、謝るべきところなのかなこれは?だとしたら正しい判断?ああだめだ、混乱してるよ俺、混乱してる。
 とりあえず何で俺が苗字さんのことを知っているのか、話すべきだろう。名前を知っていることは伏せておかなきゃ、何かストーカーっぽいし。落ち着いて、口を開こう。

「駅前のコンビニで働いてますよ、ね?」
「え?あぁ、はい」

 ああなんだこれ、なんか調査みたいな。むしろ俺ってやっぱり変質者?何で俺こんな聞き方したんだろうもう遅いけど。
 そしたら、まぁ肯定の言葉が一言だけだったけど、バイトのマニュアルにないだろう言葉が彼女の口から俺に向けられる。それが何だか嬉しくて、やけに緊張した。

「や、あの、俺よくあそこのコンビニ使ってるから、顔覚えちゃって」

 なんて、俺はあれからもう一回行っただけで、計二回しか行ったことないんだけど。

「あ、そうなんですか。えっと…」

 明らかに苗字さんは困っていた。ああどうしよう、これ、どうすればいいんだろう。
 でも、せっかくのチャンスを無駄にしたくない。俺も相手も制服姿だから、そんなに怪しい人だとは思われてない、よね、俺。そうだといい、だってそうじゃんか、よく少女漫画とかで駅のホームとかでいきなり初対面の異性にアドレス聞く人とかいるけど、あれって制服同士だから怪しまれてないんだよね多分。それで恋が発展しちゃったりもしてるしさ。そうだ、だから大丈夫。大丈夫って、俺。少女漫画で何言ってんだって気もするけど。
 よくわからない理由をつけて俺は自分を落ち着かせた。ようし、ええと、それで。

「あの、アドレス教えてください!」

 いろいろ段階を踏み外してすっ飛んだ気がした。まぁ、いきなり「気になってました!お付き合いしてください!」とか言うよりはマシだろうけど、それにしてもどうよと思った。まずったと思った。何言ってんだ俺。どうしよう、これって俺不審者決定もしくは夢見がちな乙男じゃん!
 もちろん苗字さんはまた困ってた。え?って聞き返された。ああもう、ごめんなさい、ごめんなさい、苗字さんも世界も神様も俺もみんなごめんなさい。でも本心です。
 あ、しかも俺まだ名乗ってない!

「あの、うえはらあつしです!」

 完璧に順番が違うと思った。俺が思ってるんだから、彼女はもっと思ってるんだろう。俺ってこんなに馬鹿だったんだね、知らなかったよ。ひとつ大人になりました。
 とりあえず誤魔化すように、多分ちょっと引きつった笑みで、あはは、と俺は笑ってみせる。
 きょとんとしたようにパチパチと瞬きしてから苗字さんは、一度下を向いて、籠の中の卵らへんに視線を向けた。それから、ぷ、と噴出して、小さく笑い出した。
 え?

「あ、の…え?」
「いや、はい、いいですよ、私なんかのアドレスでよければ。ええと…苗字名前です」

 俺に習うように彼女もフルネームを言ってくれた。名前っていうんだ、いいなぁ。名前ちゃんって呼びたいなぁ。なんて考えてることが知れたらすごく恥ずかしい。聞こえちゃうんじゃないかとか、そんなありえないことを考えて俺は首を小さく横に振る。
 楽しそうに笑いを零しながら、ちょっと待っててくださいね、と苗字さんはごそごそ鞄を漁りだした。
 俺はそれをドキドキしながら、呆然とただ待っていた。え、なに、どうなってんのこれ。状況が上手くつかめない。自分でテンパっているのがわかった。
 はい、という言葉と共に差し出されたディスプレイには確かに彼女のメールアドレスと電話番号、それからフルネームが映っていて、俺はそれを受け取ると、お礼を言わなければ、と思った。

「ありがとうございます…」

 何もこもっていない息のような言葉になってしまった。現実味がなんだかない。
 とりあえず迷惑にならない端っこに移動してそれをポチポチと自分の携帯に打ち込んでいた。苗字さんはその間、少し気まずそうに視線をいろんなところへ向けていた。
 入力が完了して、苗字さんのアドレスと電話番号が俺の携帯に登録されると、やっと現実味がじわじわ感じられる。俺、苗字さんとメールとか電話とかできるんだ。もしかすると、頑張れば一緒に遊ぶのに誘うことだってできるかもしれない。それって、それってすごいことじゃないんだろうか。

「あ、ありがとう!」

 一気に嬉しくなった俺は、携帯を苗字さんに返して、今度こそ心を込めてお礼を言った。
 照れくさそうに笑った苗字さんは、こちらこそ、と返してくれた。うわぁ、いい人。俺は家に入っていた卵の安売りのチラシに心から感謝した。チラシもまだまだ捨てたもんじゃないな。ついでに、俺に頼んでくれた母さんもありがとう。母さんもまだまだ捨てたもんじゃないね。
 二人揃ってレジに並んで卵を買って、スーパーの出口でちょっとだけ喋ってから、別れた。
 自転車の籠に袋を突っ込んでから俺は、何てメールを送ろうかだとか、次にコンビニで苗字さんと会ったときに何か会話ができたらいいな、とか、そんなことばかりを考えながら帰り道を走った。
 テンションが上がりに上がってガタガタと揺らしながら下った坂道は恐ろしく気持ちが良かった。
 帰って卵が割れてて母さんに怒られたけど、デレデレ笑ってる俺を見て母さんは呆れたようにすぐに怒りを静めた。これも苗字さんパワー、なんちって。にやけてる俺は確かに気持ち悪いけどそんなことどうでもいいことにした。
 神様、チラシさま、ありがとう。ついでに美人のお姉さん店員も、それを噂していたクラスの男子も、みんなみんなありがとう。俺、これから頑張ります。とりあえず今日の夜はメールを送って、明日からもっと身だしなみに気をつけて、朝も早く起きて髪の毛ちゃんとセットして、そんで学校帰りにあのコンビニに寄ろう。
 目標はデートに誘うこと!がんばれ、俺!



(08.0208)


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