いつだって目を奪われるのは桜木くんだった。私には誰より輝いて見えた。誰かをからかって笑う顔も、からかわれて慌てる表情も、自信満々に胸を張る姿も何もかもが光ってた。
 晴ちゃんに付き添ってバスケ部の試合を見に行ったあの日から、私の中の一番は桜木くん。桜木くんがシュートを打つたび、私の心臓はぎゅーって幸せに抱きしめられたみたいにくすぐったくなるのだ。
 でも知ってる。あのシュートは、晴ちゃんが伝授したってこと。桜木くんは晴ちゃんが好きってこと。知ってるよ。
 私が桜木くんにとって、晴ちゃんの友達っていう存在でしかないことも、知ってる。

 この間もそうだった。たまたま商店街で会って、私は飛び上がりたいくらい嬉しい気持ちになって。出会ったばかりのころはリーゼントが揺れていた彼の頭は今は坊主頭になっていたけど、赤髪のそれは見つけやすく背も高い彼はとても目立っていた。だから、私はすぐに見つけてすぐに声をかけることができたのだ。
 あのときの緊張した気持ちは、今でも覚えてる。普段は晴ちゃんたちと一緒の時に会って、みんなの中の一人として話すだけだったから。二人で会って話せるのなんて、初めてだったから。
 桜木くん、って名前を呼んだら、振り向いたときは厳つい顔だったけどすぐに目をぱっちり開いて、おお!って明るい表情を見せてくれた。それがすごく嬉しくて、私は手を振りながら小走りで駆け寄る。
 そしたら、彼は言ったのだ。

「晴子さんのお友達!」

 一瞬眼球が靄に覆われたような不思議な感覚に襲われた。苗字か名前で呼んでくれることが当たり前だと思っていた私は、浮かべる笑顔も少し引きつってしまったかもしれない。それに名前を覚えてもらえてなかったことよりも、そういう風に括られて呼ばれたことがショックだった。
 それでも、上手く笑えてたのかな。桜木くんは気にする様子も無く、今からパチンコに行くんだ、みたいなことを話してくれた。私は多分、高校生なのにーとか、当たり障りの無いことを返した気がする。

 それから私は一人で桜木くんに話しかけるのが少し怖くなってしまって、でもずっと桜木くんのことが気になっていた。晴ちゃんは相変わらず流川くんに夢中で、それが私の安心材料にもなっていた。
 晴ちゃんは赤木先輩のこともあってよくバスケ部に顔を出しに行ってたから、私もそれに付き添って遠くから練習を眺めたりもして。私はどんどん桜木くんに惹かれるのに距離は埋まらないまま。同じ一年生とは思えないがっしりとした身体とか、腕とか、ボールを軽々と掴む大きな手に触れてみたいなんて願望ばかりが生まれて、恐怖になって消えていく。
 桜木くんは相変わらず晴ちゃんのことが好きみたいだった。晴ちゃんと一緒にいるときにちょこっと話せたりはするけど、桜木くんはきっと晴ちゃんしか見ていない。たまに目が合っても私は曖昧な笑みを浮かべるくらいしか出来ない、こんな女子に桜木くんが惹かれるわけがないんだ。だって晴ちゃんは、私から見ても、キラキラ輝いてるもの。桜木くんと、お似合いなんだもの。

 そんな、ある日のことだ。
 試合を見に行った帰り、みんなでご飯を食べて解散してからコンビニエンスストアにちょっと寄り道をした。新しく出た紅茶が目当てで、ついでに美味しそうなデザートがないかな、なんて見繕っていた時のことだった。

「おっ」

 声変わりの済んだ低い声が鼓膜を震わせた。短い声だったけれど聞き間違えるはずがなかった、私はすぐに屈んでいた状態を起こして顔を上げる。
 今日コートの中を駆け回るのを見たばかりのその人が、相変わらず赤髪の坊主にTシャツとスウェットという格好で其処に立っていた。怖いなんて思っていたけれどこうして出会えるのはやっぱり嬉しい、単純に嬉しい。でれと緩みかける頬を中途半端に堪えて、息を吸った私は彼の名を呼んで手を振るつもりだった。

「名前さん!」

 つもりだった私は一瞬その言葉を聞いて静止した。名前を呼ばれた、下の名前を。しかも、よく考えたら、彼から声をかけてくれたのだ。
 熱が、顔に集まりそう。

「お、お、おつかれ!桜木くん。試合見たよ」
「おお、どーもどーも。どうでしたか、天才の活躍っ!」
「うん、かっこよかった」
「なはは!そうでしょうそうでしょう!」

 頭をがしがし掻いて、嬉しそうに目を細める桜木くんはやっぱりキラキラ輝いていた。普段晴ちゃんに向けるようなその顔を私にも見せてくれたことが嬉しくて、喉の辺りに甘さが広がるような心地がした。
 だから私はもっとそんな顔が見たくて、もう一度言う。はっきりと彼を見上げて、

「かっこよかったよ」

 そしたらまた、誇らしげに笑って胸を張るんだと思ってた。桜木くんのその表情も私は好きだったから。
 彼の笑い声が丁度途絶えた時に言ったから私の声は思ったよりもしっかりと重さを持って響いて、だからか、最初桜木くんはきょとんとした表情をして。髪の毛の色に沿うように少しだけ顔が赤く染まって、口は縦に開いたまま静止する。「そ」と一度声に出してから暫くぱくぱく間を置いて、続けた零れた桜木くんの声は私が今まで一度も聞いたことのないような響き。

「そっスか…!」

 照れくさい、みたいな。嬉しいとも恥ずかしいとも言い切れないような気持ちが送り込まれてくるような、そんな声音。そんな響き。自意識過剰かもしれないけど、受け取り側の私としては桜木くんが照れてるようにしか思えなくて、釣られるように私も一気に照れくさくなってしまった。
 下を向いて、うん、と言う。それから、店員が怪訝そうに見てるのも気にせずに二人でへらへらと笑った。ちょっぴり幸せだな、と思った。

 結局私は桜木くんと二人でアイスを買って分かれ道まで一緒に歩いた。試合お疲れさまアイスだ、奢るって言ったんだけど桜木くんはいいっすいいっすって言ってからっからの財布からなけなしの百円玉をほじくり出した。
 「私の名前覚えてたんだね」って何気なく言ったら「晴子さんのお友達ですからね!」って言われてちょっとだけ凹んだけど、それでも今後頑張ろうって思うくらいには、今日の桜木くんとの会話は私に元気をくれた。
 名前の次は、敬語を取ってもらいたいな。そういう風にちょっとずつでいいから仲良くなっていきたい。そしたらいつか、晴ちゃんじゃなくて、シュートを決めたら私の方を見て笑ってくれないかな、とか――なんて。ちょっと、欲張りすぎかもしれないけど。夢見るくらい、いいよね。


(2010.11.08)


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