その距離は少しずつ小さくなっていく。意識してのものだろうか、それとも偶然?おそらく前者だろう、だって私もそうだから。
 ソファに腰掛ける私たち二人。三人がけのそれの端と端に座っていた私たち。気がつけば、彼は端を空けて私の隣に座るようになった。私もそれを嫌がらなかったし、期待すらしていたかもしれない。

「ねぇ」

 彼との沈黙は決して辛いものではないけれど、何だか恥ずかしくなって私から口を開いた。ん、という小さい返事とともに此方へ向けられた視線を感じる。けれど私は何を話そうかなんて考えていなかったし、その視線すら意識してしまっていたため、彼の方を向けずに少し視線を落としたまま前を向いていた。

「ん?」
「ご、ごめん何でもない…」
「なんだよ」

 首を傾げて、アーサーは軽く私を覗き込んだ。ほら、また、距離が縮まる。
 私が膝の上に乗せていた手を片方、ソファの上に置くと、ぴくりと彼の体が小さく跳ねたのがわかった。彼側の手を置いた私。アーサーはそれをチラリと見ると、咳払いを一つした。

「珍しいよな、名前。いつもはうるさいくらい喋るくせに」

 ごまかすようにアーサーからポンと出てきた言葉。からかうような笑みを浮かべながらアーサーは、意識していなければ気付かないほど自然に自身の片手をソファに置いた。私が少しでも手を動かせば、指が触れ合ってしまいそうな距離。もしかしたら無意識の行動かもしれない。だけれど、また自然に外された視線から何となくではあるが感じ取ってしまった。

「だって、特に話すこともないし」

 少しだけ強がってそう言ってみる。ふーん、と適当に返事を返されて、そのまま会話は止まった。
 しばらくそのまま時が進む。私の気持ちは手へと、指へと注がれていた。あと少しだけ動かせば、彼の手にふれることができる。指を絡めることができる。だけどどうにもそれだけのことが、私にはなかなかできないらしい。少しだけ力を入れればできるはずなのに、その力の入れ方が何だかよくわからなくて、それに、入れてしまったらと考えるととても怖くて恥ずかしい。

「しょうがねーから、俺が構ってやろうか」

 裏返りそうな震えたその声に笑いそうになった。こうやって二人で何もせずソファに座って、構うも何もないだろうに。アーサーを横目で見ると目が合って、すぐに逸らされてそれもまた面白かった。うん。笑いながら私が頷くと、「なに笑ってんだバカ」とお叱りを受けた。
 それに言い返そうと少し体をずらすと小指に暖かい感触。触れた。意識しているとできないのに、無意識だと何て簡単なのだろう。驚いた私は肩を揺らして手を引っ込めようとしたが、それよりも先に私の指をアーサーの手が捕らえる。

「さ、」

 零れるようにアーサーがそう口にした。続きは何だろう。視線を上げると、しっかりと此方を見ているアーサーと目が合った。赤い頬と耳。私もきっとおんなじだ。右手の甲に彼の体温を感じながらさっきのアーサーのように首を傾げると、横へと視線をずらしながらアーサーが言った。

「…さわっても、いいだろっ」

 その言葉を聞いて小さく笑う私に真っ赤な顔で怒鳴るアーサー。二人ともまっかっか、バカみたいだ。笑いながら私が、いいよって言うと、急に真剣な顔になってアーサーは私の肩に触れた。

 手を繋いだのも初めての私たちはずっと、ずっとずっと、相手の暖かさを感じたかったんだろう。私がそうであるように、アーサーがそうであるように。そう、知ってたよ。知ってたから、だからこそ、その一歩が踏み出せなくて、辛いような嬉しいような苦いような甘いような、そんな大きくて小さなものとずーっと戦っていたんだ。
 でもやっぱりアーサーの腕の中は暖かかったから、それでぜんぶがしあわせになった。



(07.0604)


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