「…なんだよ、その目」

 波の音。敵の船の上で、私は柱に寄りかかり座り込んでいた。そして、笑い混じりにそう口にしながら私を見下すアーサーを私はずっと睨み続けている。何が楽しくて笑っているのだろう。…そうか、私が彼の領土になったから。

「で?」

 一歩、二歩、三歩。アーサーは私の目の前までくると、私に合わせてしゃがみこんだ。折った膝に腕を乗せて、相変わらずにやにや笑いながら私を見てくる。この見下した視線が大嫌いだ。大嫌いで大嫌いで、仕方がない。捕らわれたときに後ろ手に縛られた両手にぐっと力をこめながら、私は彼の視線から目を逸らした。
 でも、それが許されるわけがないのだ。想像はついていたけれど。

「お前、俺のこと好きなんだってな」

 私の顎を掴んだまま、彼は言う。唇を噛み締めて私は黙り込んだ。何も返せない、肯定も、…否定だってできない。真実であるから。ずっと自分の中で否定し続けてきたその気持ちをいとも簡単に、しかも本人の口から語られて、私は涙が出そうだった。なるべくアーサーの碧の目に捕らわれないように視線だけでも下へ逃がして。

「こっち見ろよ」

 突然の低い声に肩がびくりと跳ねる。あぁ、また彼はどうせ、楽しそうに口角吊り上げて私を見ているんだろう。彼の笑った顔は好きだ、けれど、いやらしいその笑みは吐き気がするほど嫌いだった。

「なぁ」

 目を合わせようとしない私にイラついたのか、少し強めの口調でアーサーはそう吐き出した。しばらく風と波の音だけが鳴って、私たちの間の会話はぷつりと途切れる。アーサーは大きなため息でそれを割ると、私の顎を掴んでいた手を離して、何の前触れもなしに私の額、前髪に手を伸ばした。

「え…?」

 さら、私の前髪をかきあげると、露わになった額にキスを落とす、アーサー。目を見開いて彼を見つめると、やっとこっちを向いたと言わんばかりにアーサーは笑った。優しそうに、…でも、楽しそうに。

「名前」

 甘い、とろけるような声に変わった彼の響きが、私の名を呼んだ。心臓が鳴ってしまった。視線が外せない。私の頭を撫でた手をするり、頬へと滑らせると、口元を緩めたまま再び彼が口を開く。

「愛してる」

 駄目、やめて、お願い、本当に、本当に?私がずっと言えずに居た言葉。貴方にずっと言ってほしかった言葉。私がずっと否定したかった言葉。私がずっと、肯定したかった言葉。彼の声は愛と、優しさと、甘さと、優越感を含んだままその言葉をいとも簡単に響かせた。こんなものを望んでいたんじゃない。どうせ、どうせ彼が私に言ったもので心からの言葉なんて一つもないのだ、きっと。
 このまま否定し続ければいいのか、それとも、酔って溶け込んでしまえばいいのか。迷う暇もなく彼の偽者のキスが私を襲って、苦いその甘さに、私は今だけでも目を瞑ってしまうことを決めた。



(07.0618)


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