私は今まで他の国に大した興味を持っていなかったし、どうでもいいとも思っていた。だけどさすがに恋人の国の言語くらいは勉強しておこうと思ったのだ。自分でもすごい進歩だと思ったし、彼だって「やっとその気になったか!」と嬉しそうにしていた。今や彼の国の言語――いや、彼には悪いが、若く元気なあの青年の言語、といったほうが正しいのかもしれない。とにかくこの"英語"というものは広く世界へ伝わっている。しっかり使えないと、きっと後々恥をかくことになるだろう。彼の言語とあの青年の言語とでは微妙な違いがあるようだが、まぁ此方が伝統的なものだというし、習っておいて損はないだろうと考えた。それからいろいろあって彼に言語を習っているのだが、

「お前発音はいいんだけどなぁ。つーか筆記体苦手?」
「…まぁ、ぼちぼち」
「はっ、やっぱり。もっと読みやすい文章で慣れたほうがいいかもな、何か資料ねぇかな資料」

 だって筆記体は何だか難しい。普通のアルファベットではないではないか、こんなの別の言語だといってもいいと思う。アーサーの机に座らせてもらって本と辞書を手に解読に挑んでいたのだが、中々進まないそれに愛想が尽きたのかアーサーは本棚を漁る。だがやはりそこには難しい本しかないようで、頭をかいたアーサーの顔は少し悩んでいるようなものだった。珍しく協力的にこういったことをしてくれるもんだから、なんだか私は調子が出ないのだけど。

「あー…じゃあさ名前、」
「ん?」
「俺が何か適当に文章書くから、それ読め」
「え、いいの」
「しょうがねぇだろ丁度いい資料とか本とかねぇし。お前に任せたらまた何かわけわかんねぇ問題集とかやりだすんだろーし」

 ちょっと待ってろ、そう言ってアーサーは机の端に破ったノートを置くと、サラサラと何かを書き出した。筆記体を生で書いているのが何だかすごくて覗き込むと、見るなよ!と怒鳴られる。怒鳴らなくたっていいのに。
 ちなみに"わけわかんねぇ問題集"というのは、私が菊からいただいたもののことだ。基本がアメリカ英語であり、しかも日常で使わないような文章ばかり出てくるため、それを見たアーサーがこんなのやるなら俺が教えてやると言ってくれたわけだ。彼が私のためにこんな堂々と何かをしてくれるのは珍しいことで、私はかなり嬉しかったりしているのだけれど。

「ほら」

 ぼーっとしているとふいにかけられた声。目の前に差し出された紙には綺麗に整った文字が連なっていた。丁寧に書いてくれたのだろう、とても読みやすそうでほっとする。アーサーは字が上手いんだなぁ、と思いながら彼を見ると、ばつの悪そうな顔をして目を逸らされた。言いたいことがわかったのだろうか、照れたようなその表情が何だか嬉しい。

「そ、それじゃあ、それお前自分んちで読んでこいよ」
「え、ここじゃなくて?」
「俺だって仕事あんだよ!ダラダラ名前の勉強見てやる暇ねぇの!」
「えー」
「えーじゃねぇ!おら帰った帰った!」
「んじゃ辞書借りてくよ」

 今もらったノートの切れ端と持っていた辞書をそのまま小脇に抱えて、アーサーに追い出されるように部屋を出、家を出た。全く、忙しいなら言ってくれればいいのに、どこまでも不器用な奴だ。
 早速自分の家へと帰宅した私は机の上に辞書を広げてノートの切れ端と睨めっこ。えーと、最初のこれは「I」だから…

――I love you?

「…いや!まさか!そんな!あ、あはは!」

 思わず声に出して否定してしまうほど驚いた。よくよく見てみればloveっぽい文字がそこここに見られる。もしかしてあいつ、ラブレターを…?と考えたりもしたが、きっと何かの歌詞を引用したのだろうという結論に至ると、なんだかそれまでの考えが馬鹿らしく同時に恥ずかしくなって、私はせっせと手を動かした。

――あなたに触れたくて、あなたの夢を見る
――いつだってあなたのことが好きなんだ
――だからわたしはあなたを守りたい

 読めば読むほど恥ずかしくなるような言葉ばかりが飛び出して、思わずもう一度この言葉は合っているのだろうかと確認してしまうほど。いくら彼の考えた文章ではないにしたって、これを目の前で読まれたら恥ずかしいのだろう。だから帰れとうるさく言ったのだ、あの男は。それならば最初からこんな文章など書かなければよかったのに、と思いながらも、私の口元は緩んでいく。
 そして最後の一行に到達した私は、思わず言葉を失うほど驚いた。顔が熱くなるのがわかる。恥ずかしいとか、くさいとか、そういう気持ちは全部吹っ飛んで、ただアーサーに会いたくなった。だから私はすぐにその紙だけを持って家を飛び出すと、先ほど歩いてきた長い長い道のりを歩いて彼の元へ向かった。会ったらどうしてやろう、なんて考えながら、…きっと顔を真っ赤にしたあいつに飛びつくのだろうと自分の姿も想像しながら。

 あなたの書いた、小さな手紙の最後の一行。私の名前と、添えられた言葉。



君だけに、愛を捧げよう。
(07.0729)


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