「ひっ!?」

 思わず声を上げてしまう。ソファに座って雑誌を読んでいたら、背中に直接何かが触れた、くすぐったいと肩も悲鳴を上げる。すぐに手を伸ばすと思ったとおり、捕まえたのは隣に座ってきたアントーニョの手だった。彼の腕を掴むとにへら、緩く笑ったアントーニョと目が合う。

「セクハラ」
「えー!なんでやねん、スキンシップやん!」
「どこが!」

 まだ服越しならば許そう。だが、奴は私のシャツを捲り上げそこから直接肌へ触れるという、まるでどこかの国のような行動をしたのだから、私がいくら彼を睨もうと罵倒しようと許されるはずだ。大体、スキンシップとはセクハラと紙一重だと私は思っているし、下手をするとスキンシップはイコールでセクハラと繋がるのではないかとすら思う。
 とにかく私の背中を撫でる彼の手を強引に引き剥がすと、そのままその手の甲をつねってやった。

「いっててててててて!ちょぉ名前、何でつねられなあかんの俺!」
「あったりまえでしょ馬鹿じゃないのアンタ!」
「ええやんか、名前はしてくれへんの?スキンシップ」
「はぁ!?」

 思い切り眉寄せて聞き返すとアントーニョは少しだけ不満そうな顔をした。何が不満なのだと聞いてやりたいくらいだ、いきなりどうしたのだろう。もしかするとこれは新しい彼なりの誘い方なのか、とすら考えてしまったが、後で考えると馬鹿馬鹿しくてしょうがない。

「…まぁしゃあないわ、愛に見返りは求めちゃあかん、ってやつやなぁ」
「何言ってんの」
「いや、ちょぉ昔のこと思い出してな、懐かしさに浸っててん」
「それでセクハラしたの?」
「や、せやからちゃうって!スキンシップやねんで!さっきから言うとるやん!」

 両手をぶんぶんと縦に振りながらそう言い張るアントーニョはなんだか少し可愛かったが、さっきの行為をスキンシップと認めるわけにはいかなかった。掴んだままだった彼の手を離すと、ふぅ、と小さくため息を吐く。まぁ許してやろう、それよりも思い出というものが気になってしょうがない。

「何を思い出したの?」
「昔俺んちにロマーノがおったときの話なんやけど、アイツ全然俺に懐いてくれへんもんやからフランスに相談したことがあってん」
「…フランスに?」
「ん。ロマーノ可愛いんやけどめっちゃツンツンしててん、俺それがショックでなぁ。それやからどうしたらええんかフランスに聞いてみたんやけど」
「…で?」
「したらフランスが、愛に見返りを期待するなー!愛は注ぐものやー!ほんでもっとスキンシップ取り入れろー!言うて」
「それでなんでセクハラになるの」
「せやからセクハラやないんやってば!わかってやー」

 そう言いながらアントーニョは少し近づいてきて、肩を組んできた。もう彼が何をしたいのかわからない、変なものを見るように彼を半目で睨むと、それに答えるように気の抜けたへらりとした笑みを彼は返して来る。文句を言いたくても言えないその笑みに、私は肩を落とすと同時に大きなため息をついた。

「で、これがスキンシップだと」
「せやせや」
「やりすぎじゃあないんでしょうか、背中に手ぇつっこむとかアンタどんだけ」
「えー?フランスの真似しとるだけやで?俺。スキンシップあいつ上手いねん、せやから」
「ってちょっと!何肩に手突っ込んでんの!」
「んー?まぁそら直接肌に触ったほうが気持ちええやん」
「アンタちょっと、フランスの真似とかほんとしないでお願いだから、やっ、くすぐったいからほんとやめてやめろこのやろ!」

 肩に回された手をつねるとアントーニョンは不満そうな顔をして、肩から手を離した。けれどすぐに、今度はちゃんと服の上から肩を掴まれて、もう片方の彼の手が私の額へ。何だかよくわからないうちに彼の唇が私の額に触れて、不意打ちのそれに驚いて少しだけ跳ねた心臓。反射的に、目を瞑ってしまった。

「なっ、…何!?」
「へへっ」
「今のもフランスの真似!?」
「んー、まぁそうやけど。でもなぁあの、名前?」
「な、なに」

 肩に回された腕から解放されたと思えば、すぐさま正面から両肩を掴まれる。すっごい笑顔。もう、すっごい笑顔を浮かべるアントーニョ。対する私は引きつり笑顔、だって何となくこの後の彼の行動が予想できてしまったから、もう、笑うしかなくて、

「触っとったらムラムラしてきたんやけど」
「知らないよ!!アントーニョが勝手に…!」
「ええやんかー!名前かてほんとはもっと俺とイチャイチャしたいんやろ?」
「はぁ!?」
「したいんやろ?」
「いや、ちょっと盛りすぎでしょ突然…!」
「ほな行くでー!!」
「ぎゃー!!」

 そのまま鼻歌交じりのアントーニョに軽々持ち上げられる。もう一度額にキスを落とされて、それから私が連れて行かれた先は、まぁ、言わなくてもわかるだろうけど。



(07.0824)


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