会いたい。
 深夜突然かかってきた電話に驚いた。何故って私はついさっき彼と仕事をし、別れたばかりだったからだ。自分の敷地への船に向かう途中だったから良かったが、もう既に乗り込んでいたのなら戻ることはしなかっただろう。船に乗らなくてよかった。だって、彼の声はとても掠れていて、切なくて、私が行ってやらなきゃと思ったから。
 冷たい風を切って足早に彼の家へと来た道を戻る。彼の家にたどり着くと鍵は当たり前のように開いていた。私が閉めて、そうして、リビングへと向かう。酒の匂いがした。

「遅い」

 とろけそうな瞳でアーサーは言った。ゆったりとした、私も気に入っているそのソファに座って、さきほど仕事をしていたときと同じ恰好のまま、しっかりと着たスーツとネクタイもそのまま、彼は酒の入ったコップに口をつけた。そうして、私に向かって手招きをする。
 彼が酔うとやっかいだ、言うことは聞かないし大変わがままで、甘えたがるし、時には泣き喚いたり叫んだり、予想できない行為に及んだりもする。放っておいても絡まれるのだから逃げられない。
 観念した私は上着を脱いで椅子の上に置くと、彼の横に腰掛けた。

「緩めろ」

 腰掛けた途端、偉そうに胸を張って顎で私に指図。ああ、ネクタイを緩めろ、と。どこの坊ちゃんだ、全く。仕方なくネクタイを緩めてやるとまだ胸を突っ張ったままだったので、ボタンを三つほど外してやったら満足したのか口元緩めてもう一度酒を、ゴクリ。

「美味いよ」
「そう」
「お前も飲め」
「いいよ、やめとく」
「飲めよ」
「いいってば」
「飲めっつってんだろ!」

 不満そうな表情で怒鳴ってからグイ、コップから酒を口に含むアーサー。嫌な予感がした。思ったとおり、私が立ち上がって逃げようとする前に顎をつかまれ、深く口付けられる。熱いものが流れてくる。酒の匂いが強い。何でいきなりこんなの飲んで、こんなに酔っ払っているのだ、この馬鹿は。クラクラする。

「美味いだろ」

 私から唇を離すと、にやりと笑って彼はそう言った。殴ってやろうと思ったが今の彼にそんなことをすれば、本当に何が返ってくるかわからない。面倒になるのもごめんだ、一先ず私は頷いておく。それだけで、やはり満足そうに笑うアーサー。

「アーサー」
「なんだ」
「どうしたの」
「何が」
「何かあったの」
「何もねーよ」
「ほんとに?」
「何もねーよ」
「ならいいけど」
「何もねぇ」

 彼は何かあると自棄になって酒を飲むことがあった。そうなのではと思ったのだが、先ほど仕事を一緒にしていたときは別に普段と変わった様子はなかったように思える。それならまぁ、私はあまり首を突っ込まないほうがいいのだろう。本当に何もなかったのかもしれない。
 酒のためだろう、ほんのり頬を赤く染めたアーサーはどこか遠くを見ている。さっきの酒が少し回ってきたのか、私も少しだけ、暖かくなってきた。

「何かあってもなくてもさ」
「ん?」
「アーサーが呼べば私は行くから」
「…あぁ」
「だから私が呼んだらアーサーも、来てね」

 返事はなかったけれど、代わりに手を握られる。酒の入った彼はいつもより積極的で、時折男らしい。
 船はもう今日は出ないだろう。仕方がない、彼の酔いが醒めることはないだろうし、今日は無断で泊まらせてもらおう。このままの彼と一緒の部屋では確実に安眠できないだろうし、勝手に客室に泊まっても文句は言われないはずだ。鍵は確か、普段はかかっていなかったはず。
 もう相手をするのは十分だろう、そう思って彼の手から自分の手を離す。すると、代わりにアーサーの手が吸い付くように私の頬へと触れて、

「名前」
「…なに」
「もっかいキスしたい」

 また私の返事も待たずに彼の唇が降って来て、私は、ゆっくり休めなくともいいかな、と少しだけ、考えた。



(07.0824)


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