初めて見た彼の優しい顔があった。彼はいつも、笑っているようで笑っていないように思えたから、そんな彼の表情が見れて私はどこか嬉しいと感じていた。

「名前、」

 私の名を呼んだイヴァンの声は今までで一番優しい声だ。だから腹部の痛みもどこか和らいでいくように思える。
 生暖かいものが私から地面に流れていくのが感覚でわかった、それと共に痛みも薄れていくのだ。麻痺している?そうかもしれない、だってもう舌もろくに動かない。

 私はどうして今、こうしてここにいるんだっけ?

「名前、」

 イヴァンの大きな手が愛しそうに私の頭をゆっくりと撫でる。何故彼はこんなに優しい顔をしているのだろう。
 彼の頬は赤いものがべっとりと付着していて、気になった私はもうあまり動かない腕をゆっくりと上げて彼のその頬に触れようとした。それに気付いたイヴァンが私の手をとって、嬉しそうに私の手を己の頬に触れさせる。
 私の手はイヴァンの頬と掌に挟まれて、温かさを感じていた。

「ねぇ名前、だいすきだよ」

 幸せそうな顔で、私の手を撫でながら彼はそう言った。

「だいすき。ねぇ、名前も僕のこと、だいすきでしょ?」

 首を傾けた彼の問いに頷きを返したかったけれど、何故だか身体が思うように動かない。何故だろう、呼吸をするのにもいっぱいいっぱいだった。
 苦しさに思わず眉を寄せた私に、イヴァンは一瞬だけ笑みを消した。

「…だいすきでしょ?だって僕ら、両想いだもの」

 弧を描いた唇から、少しトーンの落ちた声が聞こえる。
 もう一度、彼に無邪気な笑顔が戻った。

「名前、もうすぐひとつになれるよ。君は僕のものになるんだから」

 嬉しそうに笑って、赤い頬を緩めて、粗い呼吸だけを繰り返す私にキスをする。
 残っていた涙が私の瞳からあふれ出して、最後の彼の表情はもう、ぼやけてあまり見えなかった。

「君は、僕になるんだから」



(07.1104)


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