初日の出を見たいという私の言葉に菊はぱちくりと目を瞬かせた。それから、そういうことか、といった様子で笑う。昨日早く寝た私は睡眠時間はたっぷり取ったし、最近とても暖かいコートを買ったから防寒対策はばっちりだ。ただ、山に登って頂上で、という素晴らしい菊の作戦は実行されない。そこまで行くのは面倒だと私が言ったからだ。彼の家からだって、十分綺麗な日は見れる。 縁側に座布団を二つ敷いて、まだ暗い空を見上げながら私はそこへ座った。夜明けはもうすぐ。新年が明けて菊と向き合い、今年もよろしくと改めて挨拶を交わしてからもう数時間が経ったのか。何だか不思議な気分になった。そういえば、年越し蕎麦美味しかったな。 部屋から聞こえてくるつけっぱなしのテレビの音を聞きながら、足をぶらぶらとさせて空を見上げる。まだ太陽は現れない。 「準備が早いですよ、名前さん」 テレビを消してからやってきたのだろう、静まった空気を菊の声が通る。ちゃんちゃんこを着た彼は私の隣に腰掛けると、同じように暗い空を見上げた。 星がぽつりぽつりと光っている。塀に隠れてしまった空にも、同じように星が広がっているのだろう。――そういえば、塀が邪魔でこのままでは顔を出したばかりの太陽が見れないのではないだろうか。 「ねぇねぇ」 「はい?」 「屋根の上に上ったら、日の出、綺麗に見えないかな」 言葉弾ませ立ち上がりかける私の手を菊が掴んだ。慌てた様子だ、ふるふると首を横に振っている。 「…梯子ない?」 「駄目ですよ!危ないじゃないですか!」 「えー!でも時代劇とか漫画とかでよく忍者とかが上ってるじゃん」 「あなたは忍者ですか!」 「普通の人だって登ってるよドラマとかで」 「そういう問題じゃなくて、…ちょっと待っててください」 そう言って菊が立ち上がったもんだから、私はてっきり梯子を持ってきてくれるものだと思った。期待を込めた目で見つめていると、菊は少しだけ笑って奥へ行ってしまう。向かった先はどこだろう―そう考えていると、少しして菊が戻ってきた。 けれど、手にしていたのは梯子ではなく― 「…なにそれ」 「湯のみですよ」 「わかるよ」 「甘酒です」 「梯子は?」 「梯子の代わりに」 少しだけ私はぶーたれるけれど、肩を竦めて微笑む菊の笑顔は反則で、差し出された湯のみを受け取ってしまう。屋根に上るのは許可できないから、代わりにこれでも飲んでろ、ということだろうけど、何だかその気持ちがありがたくて素直に口をつける。 「…おお」 「美味しいですか?」 「うん、しみる」 「でしょう」 「寒いのに温かいね」 「寒いから、温かいのがいいんですよ」 「…よっかかってい?」 両手で湯のみを持ったまま、答えも聞かず半身を菊に預ける。私の方を見て菊が頬を緩めたのが嬉しくて、心地よくて、私は目を閉じる。 「空、見なくていいんですか」 「朝日が出たら起こしてよ」 「甘酒こぼさないでくださいね」 「ガキじゃないんだから!」 「あ、そうか。忍者でしたっけ?」 「………そんなこと言ってないじゃんばーかばーか」 結局は目を開いて、甘酒を口に含む私。夜風を受けて、コートを着た体でもやっぱり寒かったけど、半分は甘酒で、半分は菊の温かさで十分ぽかぽかだ。 空になった湯のみを盆の上に置いて、寝ませんように、日の出が見れますようにと念じながら、菊に寄りかかったまま私は再び目を閉じるのだった。 A HAPPY NEW YEAR !! (2008.0101) |