声をかけられて顔を上げると背の高いいかにも素行が悪そうな格好をしている男が私を見下ろしていた。ローデリヒくんが見たら確実にぽこぽこ沸騰するのではないかというその制服の着こなし方はある種の感動物である。
 私はつい最近転校してきたばかりなので彼をあまり知らないが、後で聞いた話によると中々に有名な不良だそうだ。クラスは同じだが顔くらいしか知らない名前も知らない。
 それは置いておくとして、見上げた先の彼に言葉の続きを首を傾げて促すと、

「何でみんないねぇんだ?」

 とのこと。
 彼の言葉通り今この教室には私と彼との二人しかいない、何故かといえば教室移動でもう既に皆視聴覚室に居るからである。かくいう私も既に移動済みで、ここには忘れた携帯電話を取りに来ただけだったんだけど。
 つまり彼は次の授業が視聴覚室で行われることを知らずに教室で受ける気持ち満々で、それなのに誰もいなくてうろたえて、そうしたら丁度私がやってきて、とこんなところだろうか。

「次教室移動だよ」
「え、マジで」
「視聴覚室」
「聞いてねぇ!」
「言ってた」
「聞いてねぇ!」
「視聴覚室だよ」

 そう答えながら自分の机の中から目的のものを見つけ出した私はそれをカーディガンのポケットに突っ込んで、彼を置いて教室を出た。
 彼も続いて教室を出ると、「なぁ」ともう一度話しかけてくる。

「視聴覚室の場所わかんねぇだろ?」
「え、」
「おれさまが案内してやってもいいぜ」
「わかるけど」
「は!?え、おまえ転校生だろ!?」
「もう大体覚えたもん」
「やるなー」

 と言われても、この学校にやってきて結構な日数が経ってるため覚えていても可笑しくはないのではないだろうか。彼の親切はありがたかったけれどそのまま歩みを進める、まぁ結果として同じ廊下を辿ることになるので案内してもらっていたとしても私が先頭に立つか彼が先頭に立つかが変わるだけなんだけど。
 もう授業の始まっている静かな廊下を歩く。彼の歩幅と私の歩幅とでは彼の方が勝っているはずなのに、のたのたと歩いているようでまだ私が彼の前を歩いていた。会話はなかったし、するつもりもなかったんだけど、

「なぁ」

 と本日三回目。振り向くと手ぶらの彼が自分を指差す。

「俺の名前覚えた?」
「知らない」
「うっそマジかよ!知っといて損はないぜ、ギルベルト・バイルシュミットだ!覚えとけよ」
「…覚え難いね」
「そうか?俺としちゃおまえのが覚え難いけどな、名前」
「え、」

 思わず立ち止まった私に合わせて彼も立ち止まった。覚え難いという割りにちゃっかり私の名前、知ってるんじゃないか。その事実に驚いたから足が止まってしまったのだ。
 彼はといえば、どうしたんだよ?と不思議そうにしている。不良っていうから誤解してたけど案外怖い人じゃないんじゃないか、そう思いなおして。

「…ギルベルトくんね」
「おー、覚えろよ」
「うん」
「そんでよろしくしてやろう」
「うん」

 それから教室についてギルベルトくんが扉を開けてくれるまでの間、私は四回目の「なぁ」を心のどこかで待ちながら、気持ちゆっくりめに廊下を歩んだ。




(09.0527)


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