鈍い音がした。トンカチで指を打ったらしい、馬鹿だ。私は笑う。何故か食満くんは真っ赤な顔をして目を見開いてそれから痛そうに眉を寄せて目には少し涙が滲んでる。何て器用な人なんだろう、と思った。

「だいじょうぶ?」
「だいじょうぶじゃない!!!」

 そこまで大声出すほど大丈夫じゃないことはないんじゃないかと思ったけど、なんだかおかしかったから私はもう一度笑ってしまった。
 確かに食満くんのその指は赤くなって既に腫れてきている。あーあ、痛そうだ。冷やしたほうがいいんじゃあないだろうか。

「保健室行く?」
「そっちじゃあない!!」
「は?え、じゃあどこ行く?」
「どこにも行かねーよ!」
「なんか元気だね、痛いの?」
「いたくな!…いや、痛いわ痛いけどそうじゃなくて!てか何でおまえはそんな平常なんだよ…!」

 きっとジンジンしているんだろう指を押さえながら相変わらず滲んだ涙も拭わずに真っ赤な顔のまま食満くんが私を見た。睨んでるようで睨んでない。おまえなぁ、と小さく言われた。

「ほらー冷やしたほうがいいって絶対」
「わかった冷やす、冷やすから、その前に…いいっ!!」
「あっ、ごめん触っちゃった」
「バッ、おまっ、あのなぁ…」

 指差した拍子に食満くんの腫れた指を触ってしまって、ビクン!と食満くんの体が跳ねたのが、食満くんには悪いけどちょっと面白かった。だから早く冷やしに行けって言ってるのに。
 用具倉庫の床に、怪我をした拍子に食満くんがばらまいた釘が散らばっていて、あたふたしながらそれを拾う食満くんを見ながら手伝ったほうがいいかなぁと私もしゃがむ。すると食満くんがこっちを見て、私を制した。

「苗字はやんなくていいからっ!俺が全部片付ける」
「え、でも」
「その代わりにその、えっと、…もう一度言ってくれ」
「何を?」
「さっきの!!」

 相変わらず滲んだ涙も拭わずに真っ赤な顔のまま食満くんが私を見た。泣きそうだよ、と指差すと慌てて目元を拭いながら食満くんが、さっきの!!ともう一度言った。
 さっきの、と言われても、さっきのなんていっぱいある。

「えーと」
「あ、あぁ」
「冷やしたほうがいいって絶対」
「ちげーよ!」
「なんか元気だね?」
「ちがうだろ!」
「保健室…」
「わざと間違えてるな…」
「いや、だってさっきのって範囲が広すぎるから」
「ああもうだから!俺がっ…」

 何故だかそこで一回言いよどんで、それからもう一度私のほうを見る。今度は目元に涙はなかったけど、食満くんの顔は更に赤くなっていた。俺が?聞き返すと、口を開いて、少し噛みながら、

「お、れが、指打つ前に言ったや、やつ、を、だな…」

 何故かぼそぼそと少し恥ずかしそうに言う食満くんに私はまた笑ってしまう。笑うな!と言われた、本当に元気な人だ。
 食満くんが指打つ前に私が言ったやつ。要するに、食満くんがあまりに驚いて思わずトンカチで指打っちゃうほどの衝撃を受けた私の言葉を、もう一度再現しろってことだ。まったく、贅沢だなぁ。私まで顔が赤くなりそうで困るじゃないか。
 特別大サービスだ、と、釘を拾うためにしゃがんでいる食満くんの耳元に、しゃがんだままの私が近づいて、そっと耳打ちしてあげた。

「すきだよ」

 耳は顔より真っ赤だ、ああもう、くすぐったい。


(2008.04.19)


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