1,2,3…1,2,3…






「お上手ですね」

ワルツも終盤に差し掛かる頃。ルーシィは久方ぶりの踊りに少しばかり四苦八苦したが、幼い頃から教え込まれた上流階級といわれる教育のおかげか、思った以上に踊れた。いや、それだけでなく、相手の踊りがとても上手いからだろう。ワルツは、男性が上手くステップを踏み、導いてくれれば、女性はそれに付いていきさえすれば、うまく踊れる。

「いえ、あなたこそ、随分と上手ですね」

稀にみる美男子だ。それに貴族となれば、きっと多くの女性をはべらせているのだろう。

「あなたはあのなきハートフィリア財閥のお嬢様ですね」

曲が終わる。同時に男性が呟いた言葉に、目を見開いた。そわりと、悪寒が走る。

「あぁ、怯えないでください。」
「どうして、」
「私は昔、このようなパーティーの会場であなたを見かけたのです。とても可愛らしい少女だなと」

彼の目は、優しく、包み込むような笑顔だった。気恥ずかしくなり、そっと目をそらすと、彼の手の薬指には、リングが輝いていた。そうは全く見えなかったが、既婚者だったのだ。

「今日お姿をお見かけしてとても嬉しかったです。お元気そうでなによりです。素敵なダンスをありがとう」

そうして、彼は「妻を待たせているので」と微笑み去っていった。「君も、彼を追いかけた方がいいと思うよ。随分と熱心な目で見つめていたからね」そう耳元で耳打ちして。
どこまでも紳士で、カッコイい人なのだろう。ルーシィは金髪の男性のカッコ良さに…もしくは、ナツの事を言われたからなのか、頬をほんのりと赤く染めた。

「ルーシィ!」
「ハッピー!」

がばりといつもの調子で胸元に飛び込んで来たハッピーをなんとかキャッチする。「ルーシィって本当にお嬢様だったんだねぇ」と感想を零すハッピーに「前から言ってんでしょ」と耳を引っ張る。ハッピーと言葉を交わせば、先程までの優美さはどこへやらという感じで、ルーシィになる。

「それより、ナツが拗ねちゃったんだ!」

ナツが拗ねちゃった(ハッピーにはそう見えた)と、ことの経緯を話しながら騒ぐハッピーを、落ち着かせ、部屋の隅へと行く。

「見てたから知ってたわよ。」
「あ、そうなの?」
「あのピンクの頭は、本当に目立って仕方ないもの」

本当に。ナツは目立つ。背は男性にしては低く、とりわけ容姿がいいというはずでもないのに、ルーシィの中でナツは際立つ。踊ることに集中していたはずなのに、大広間にやってきたナツを視界に捉えてからは、どうにもナツのことばかり考えてしまっていた。

(今日の私の格好、やっぱり何も言ってくれなかったけれど、どう思ってるのかな)
(まぁナツのことだから何も思ってないか。それにしてもナツが燕尾服着てるだなんて、なんだか笑っちゃうわ)
(結構…似合ってるわよね…。ナツとも踊れたら…なんて思っちゃうけど…やっぱり無理よね…)

まるでどこかのおとぎ話の王子様のような男性と踊っていたにもかかわらず、考えていたのはそんなことばかりで、自分はどうかしていると思う。それでも、そう考えてしまうのだから、つまり…そういうことで───

「本当に仕方のない奴ね」

一番仕方のないのは、私のこのどうしようもない片思いなのだけれど。





1,2,3…1,2,3…






夜の風が桜色の髪を靡かせる。寒さを知らないこの身でも、涼しいと感じる。
ナツは大きな屋敷の、バルコニーを抜け、階段に続く先の屋上へにいた。目前に広がる山に平野、全てがここの主の領地だそうだ。今回のことの原因になった仕事は、この領地の中に住み着いた魔物の駆除だった。

一度静まった音楽が、再び漏れ出る。滅竜魔導師の聴覚は、敏感にその3拍子の音を聞き取る。

(ルーシィのやつ、まだ踊ってんのかな)

眉根を寄せ合わせ、半目にしながら考えてしまう。何も纏っていない手から火をだして、気を紛らわそうとする。

(やっぱりこなきゃよかったか?)

(つまんねーなぁ)

(ルーシィがいないと)

それでもやはり、帰結するのはやはりルーシィで……ナツは似合わない溜め息を零す。いつの間にかいつだって近くにいるのがあたり前になっていたから、すぐそばにいるものだと思っていたから、先程の情景が、ナツには少し衝撃だったのだ。

「行くんじゃねえよ」

ボソリと、吐き出された言葉。ナツは、このやりきれない思いを、まだ理解できていないから──無意識に、零れ落ちる。

タイミングよく。カツリ、耳に微かに届いた音。音楽や、人々が上品に喋る声よりも大きく、靴音がする。近付いてくる、この匂いは、

「ナーツ!」
「…ルーシィ」

月明かりに照らされた、ルーシィだ。

「どうしたのよ。ごはんはもういいの?」
「そっちこそ、もう踊らなくていいのかよ」

質問に質問で返す。「そうねぇ…」と、ルーシィは少し上を向いて、こちらをジッと見つめた。なんなんだよ、と身じろぎをすると。慌てほんのり赤く頬を染める。やめろよそういうの。胸の奥が、なんだかいつもより熱くなる。ルーシィと一緒にいると、よく起こるこの感じ。怒りではない。ただの喜びとも、なんだか違う。

これは何なんだろうか。






1,2,3…1,2,3…







ポツンと一人で、満天の星が瞬く屋上にいたナツを見つけた。ルーシィはその姿を見つけた。

「じゃあ…ナツは踊りたい?」

「踊らなくていいのか?」と訪ねられ、出た答えは、気恥ずかしくて、直接なんて言えなくて────ナツと踊りたいの、なんて。

だから質問に質問を、それに質問でかえした。ナツは少し眉を寄せて、口先を拗ねたように尖らした。

「踊れねぇよ。あんなん」

こちらから、視線をそらして、ナツは上空に広がる星々をみた。私も、夜空を見上げる。この屋敷の領地は、街灯も少なく、山も遠くて、満天の星空が四方を囲い、星たちに包まれているようで、なんだかとても嬉しくなる。

「別に、ワルツじゃなくていいのよ。」

そう、三拍子の優雅な踊りもステキだけれど、アナタと踊れるならば、なんだっていい。決められたステップだなんて似合わないでしょう?





気ままなワルツ




















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一緒にいれれば
非日常も日常も
乗り越えられる

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