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輝くシャンデリアが上を見上げると眩しい。丈の長めに作られたピンクパールであしらわれた美しいドレスを身に纏った金髪の美少女は慣れた手付きでグラスを取る。向こうの大広間では男女が組となり華麗なワルツを踊っている。演奏は生演奏。貴族の中でも上等な身分の者でしか開催できない、そんなパーティーだ。

ルーシィはこの会場がどれだけ素晴らしいか知っていた。と同時に、辟易していた。それは幼い頃から当然のようにこの世界に身をおいていたのだから、上等な身の振り方も、上等な食器の質も、上等なものの価値も、全て見飽きる物のように知っている。
だからこそ、珍しくうまくいった仕事の縁で、こんなパーティーに招かれても、自分自身は行く気など全くなかった。しかしながら相手はルーシィの存在に目を留めて気に入られてしまい。来ざる負えなくなってしまった。
それに横で慣れない燕尾服など着ている、桜色の頭をした青年ナツまでも駄々をこね来ることになり、何をしでかすかわからないとギルドの長に困ったように言われれば、当然のようにお目付役として来なくてはならなくなる。
こうして現在に至る。

実家であるハートフィリア財閥の没落を考えれば、もうこのような場でこのような上等なドレスを身に纏い、ダンスを優雅に踊るなんていう機会はないのかもしれない。そう、ないだろう。
…そう考えてしまえば、このパーティーもまた違ったように見えて来た。どうせなら楽しんだ方がいい。滅多に食べれなくなった一流の職人の作る料理、優雅な音楽に踊り。まるでどこかのお姫様のような自分。

「何一人で百面相してニヤついてんだ」
「気持ち悪いよルーシィ」

と、気分をせっかく高揚させて、今夜を楽しもうと思いを馳せていたのに、失礼な物言いでいつもの一人と一匹が邪魔を入れた。大皿に大量の料理を取り、マナーのマの字もない、はしたなく料理をパクついているナツとハッピーだ。

「あんたら…ちょっとはマナーとか遠慮とか、そういうの知らないの…?」
「こんな豪華な料理なかなか食べられないのです!あい!」
「別に主催者が気にせず食えって言ってくれたんだ!いいじゃねえか」
「だからってねぇ…」

ハァ、と溜め息をこぼし「聞いた私が馬鹿だったわ」と呟く。いつものことだ。
今回はありがたいことに主催者である屋敷の主、以前仕事の依頼者の方が、とても気さくで細かいことはあまり気にしない、いい人だからいいもので。普通ならこのような客人、門前払いだろう。
…それはともかくとして、何も事情をしらない貴族の客人の視線が痛い。ナツたちと一緒にいては、一夜のお姫様として今夜を楽しむというのは叶わないだろう。

「ルーシィも食えばいいじゃねぇか」
「もうお腹いっぱいよ」
「それならお嬢さん。私と一緒にダンスでもどうですか?」

突然会話に混ざったのは、長い金髪を後ろで結った、所謂イケメンだった。背は高く、ルーシィが高めのヒールを履いているにも関わらず、ルーシィの頭は彼の胸元。柔らかい人のいい笑顔をした彼は、今度は屈んで、ルーシィの手をとり、ダンスの申し込みを改めてしたのだった。

「美しいお嬢さん。私と一曲踊ってもらえませんか?」

一瞬悩んだ。彼は貴族の人間で、なぜ私にダンスの申し込みをしたのだろうかと、昔からのハートフィリアという看板を背負っていたルーシィにとって、それは習性のように頭によぎる。それでも、このまま食べもせず、手持ち無沙汰で、ナツたちの見張りというのも、せっかく素晴らしいパーティーにお呼ばれしたのに勿体ない話だ。
美男子にダンスを誘われるだなんて、そうそうある話ではない。断るだなんて、失礼だ。

「えぇ、一曲だけなら」





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ルーシィが長身で長髪の、金髪男に連れられた瞬間、確実に食のペースが落ちたと、白い羽を羽ばたかせたハッピーは白い歯をのぞかせニヤリと笑い、ナツを見た。その視線に気づいたナツは、怪訝そうに眉を潜め、チッとガラの悪い悪態をつく。

「ルーシィ行っちゃったけどいいのー」
「別に、一曲だろ」
「オイラルーシィがちゃんと踊れるのか見に行こうかな!ナツも一緒にどう?」
「別に、いい」
「あの人ルーシィのことかなり気に入ってたみたいだから、一曲じゃすまないかもね」
「…」

むっつりと口を尖らせたナツに、我が相棒ながらやはり不器用で子供だなぁと、溜め息を吐く。自分がもし、この場にシャルルがいたならば…一番始めにダンスを申し込む!そうこの場には残念ながらいない彼女のことに思いを馳せながら、いつもいつも単純な性格にも関わらずアプローチがとてもさりげないナツの淡い恋模様(とハッピーは思っている)をあわよくば後押しできないかと考えた。

「ナツもルーシィにダンス申し込んだら?」
「……。はぁ!?」
「ほらほら、せっかくこんなパーティーなんだし、ナツだってせっかく上等な服着てるんだし、社交界デビューってやつした方がいいよ!ていうかすべきだね!あい!」

安直だが素晴らしい案だと機嫌良く羽を羽ばたかせ、ハッピーはナツの背中を押す。抗議の声が上がるがそんなものは知らない。少しばかり人ごみを乗り越え、大広間のスペースに何人もの男女がペアになり踊っている。

「あそこの二人、美男美女ねぇ」
「羨ましいわねぇ」

どこからかそんな声が入ってきた。扇を仰ぎながら貴婦人がお喋りをしている。彼女たちの視線の先に目を向けると、そこにはあの男と、優雅に踊るルーシィがいた。





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3拍子のリズムとともに、男はルーシィの腰に手をあてがい、ルーシィを見つめ、踊っている。自分には踊れそうにない、そのステップ。その姿。全てがいつもの日常とは異なる異世界の中。ルーシィはその非日常の中に溶け込んで、眩しいほど自然に踊っている。…やはり、気分が悪くなる。

ハッピーは社交界デビューだなんだとのたまったが。ナツには到底、彼らのように踊れはしない。そんなこと、自分はしたことがない。いつものどんちゃん騒ぎの踊りとはワケが違うことぐらい流石に知っている。


初め、ルーシィはこのパーティーに誘われた時、断ろうとした。ルーシィはやはり、過去の"お嬢様"という経験から、こういうことをわざと敬遠しているのではと、エルザが呟いていた。ルーシィは昔のお嬢様という立場の思い出が嫌なのか…まぁ命までも狙われたのだから仕方のないことなのかもしれないが、確かにこういうことを、避けている。
嫌なら断ればいいと初めは思った。でも、過去の自分までもルーシィは敬遠しているようで、なんだかそれは寂しいと、よくないと思った。だから、豪華な料理を食べること目的として、ナツは自ら行くと言った。
屋敷の主はナツからみてもいいおじさんで、妖精の尻尾御用達でマスターとも親交が少しあった。安心のできる、パーティーだ。
そうして、全てが重なり。今日という非日常が生まれた。

それでもルーシィと一緒なら大丈夫だと思った。

でも…。目の前で優雅に踊るルーシィは遠い。自分にはあの男のように、ルーシィと手と手をとりあい、流れる音楽にあわせて優雅に踊ることなど──できない。

「……」
「ルーシィ綺麗だね〜」
「……」
「ナツ?」

なんだか、できない自分に腹が立つ。イライラする。簡単そうに優雅に舞う高貴な人々のその情景を、燃やし尽くしたくなる。

「風にあたってくる」

スゥッ─と息をすい、湧き上がる怒りを封じながら、踵を返して、外へと向かう。

その後ろ姿を、ルーシィは見ていた。




















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行くなよ
行かないで

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